読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

It all depends on the liver.

飲みすぎないように文章を書く

まゆゆの握手会に行って弁護士になるのをやめた

社会人5年目になった。

 

まさか自分がソーシャルゲームをつくっているとは思わなかったけれど、同じところにずっといる気もしていなかったので、むしろ前職には長くいたな~と感じる。というか、そもそも大学4年生の2月までは自分がウェブ編集になるということすら考えていなかった。

学生時代の私が何をしていたかというと、弁護士を目指して法科大学院の受験勉強に励んでいた。実際、9~11月には4つほどの大学院を受験し、すべて受かったし、12月には第一志望にも受かって入学手続きも済ませていたのだ(入学金30万円)。2年生から4年の夏までは、図書館や自宅、カフェなどなどで、講義の時間ふくめて1日8~10時間くらいは法律の勉強をしていた。あと大学院の選考要素のひとつだったのでTOEICで910点もとった(ぶっちゃけこのときの数字が転職のときにすら役に立った……)。

そんなに勉強していたのに、っていうか法科大学院に合格したのになんでそのまま進学し、司法試験を受けなかったかというと、自分はたんに「勉強で1位をとるのが好き」なだけだと気づいたからだ。

モノを知るのも好きだし、法律や法学のシステムとかロジックも好きなんだけど、一番の駆動力は「1位をとるのが好き」というだけなんだなあと勉強しているうちに痛感した。

そして自分はモノを知るのは好きだが、ある一つの分野を深めたいタイプではなく、いろいろなことをあっちこっちつまみ食いをするのが好きなのであって専門家には向いていないということ(つまみ食いをしつつ主軸を深められるのが真の専門家だとは思うけど)、仮に司法試験に受かってもその先20~30年間も日々勉強しつづけながら書類に向き合っていかないといけないこと、そして法律を仕事にするのであれば向き合うのは知識ではなく生身の人間なんだということがだんだんプレッシャーになっていった(まじめな話、私は書類を期日通り出す、みたいなことが本当に苦手なので、絶対そういうのが原因でひとの命を危険にさらす可能性があるなと考えた)。

まあ直接的な原因でいうと、渡辺麻友さんのファースト写真集の握手会に行ったらその翌日の予備試験(法科大学院に行かなくても司法試験を受けられる飛び級試験みたいなやつ)の択一で、自分だけ足切りをくらうという大変悲しい出来事があり、正直言ってまゆゆの握手会が問題じゃなくて勉強が足りなかったんだけど、「試験の前日だから握手会に行けない生活とかマジ無理……」と思ったのでした。

 

f:id:zerokkuma1:20160706201131j:plain

 

そして、もう一つ印象的な出来事があって、それが東日本大震災だった。

2011年3月11日、私がどこで何をしていたかというと、御茶ノ水にある雑居ビル6Fの司法試験予備校で大学院試験の模試を受けていた。そして2科目めの試験中に地震が起きた。いちばん大変なことになったのは東北とはいえ、御茶ノ水の雑居ビルのボロさも大変なものであったから、それはそれは激しく揺れた。教室の前においてあった液晶テレビも落ちんばかりにぐらついていた。私はパニックになって問題を解く手をとめ、机の下にもぐりこんだのですが……なんとみなさん、ふつうに黙々と問題を解き続けているではないですか。あれはちょっと恐怖を感じました。ぶっちゃけ「こいつらおかしいぞ」とびびった。

とはいえさすがにやばい揺れだったので、試験は3科目め以降中止となり、一目散にビルを出た私は駅のディスプレイにうつされた東北のようすを見て「やべえな……」との思いを新たにし、ひとまず電車が動くまでココイチに避難したものの、ココイチの食糧は押し寄せる難民によりすべて食い尽くされており、店員さんはやってこない次シフトの仲間を思いながら必死の形相でワンオペしており、「これはどうにもならない……」と思って、結局3時間くらい歩いて自宅に帰った。

自宅に帰ってカップヌードルを食べて睡眠し、翌朝キャンパスに行って工学部の前のえらそーなおじさんの銅像が台座からずり落ちそうになっているのをみて「接着してなかったのかよ!!!!」とぼうぜんとし、日々のニュースをながめながらツイッターをし、「放射線があぶないからイソジンを飲め」というデマに踊らされて家族をあきれさせたりした結果として、「明日死ぬなら、このままあと何年も試験の結果や貸与制だか給費制だか決着のつかないクソみたいな司法改革の趨勢にふりまわされて法律の勉強だけしているのはいやだ、そしてその程度でぐらついて試験にかじりつけない程度なんだからやっぱり私は別に弁護士になりたいわけじゃねえな」と気づいた。

気づいたのは2011年3月、つまり大学3年の3月だったのだが、しかし、そのころは就活の解禁が3年の12月とかだったので、今から就活にシフトするのもな~~、あと今やめると「実力が足りないからひよった」みたいになっていやだな~~(ちなみにこういうどうでもいい負けん気が私の人生をおそろしい急カーブにしている)、そもそも私って何やりたいんだろう~~~~みたいなことを日々うだうだ考えていたら夏休みになってしまったので、まあとりあえず大学院は受けた。

受けたし受かったけど、「やっぱやだな~~~だって朝8時始業らしいし……しかも早慶から来た奴らがリア充オーラでクラスを仕切ってバスケ大会とかやるらしいし……マジで無理~~~」みたいなことを考えながらぐだぐだしていたら何もやる気が起きなくなってしまって、合格発表後1カ月くらい布団のなかで寝込んでいた。たぶん季節も関係しているんだけどまちがいなく抑うつ状態ではあったと思われる。

で、完全なうつというわけではないので、さすがに「これ以上寝続けていると間違いなくやばい、とりあえずなんか動こう、なんかエントリーとかしてみよう、入学手続きはしておいて、もうちょっとしてから決めるんでもいいし」とさらに結論を先延ばししつつモソモソと動き出し、前職の社長のブログを読んでふら~~っと会いに行って「いや~留年して就活しようか迷ってるんですよね」という話をしたら「っていうかうち来たら?」と言われ、そのまま入ってしまったというわけです。自分で書いていてもあまりにも行き当たりばったりすぎてびびる。一応Gmailをひっくりかえしてみたら、社長に送ったメールが発掘されたのだが、自己紹介を求められて、「AKB48の握手会、自衛隊のイベント、同人誌即売会がすき」「バイトで500万円稼ぎました」と書いていた。何がアピールしたかったんだろう……。

結局その会社も離れてまったく違う仕事をしているし、同い年の同級生に再会して年収1000万円!とか言われると「うぐぐ」みたいに感じることもあるんだけど、そのまま「1位をとるのがすき」をつづけていたら、いつか本当に完璧に病んでしまっただろうなという気もしている。だって、だんだん1位はとれなくなっていったから。そして何よりそのまま大学院行って勉強してたら間違いなく『Free!』は観てなかったので、橘真琴に出会えなかった!!!

同じことにずっと打ち込んでいる人のことはえらいと思うけど、「途中でやめる」ことも同じくらい大切なことだなと今のわたしは考えている。それを知るきっかけになったまゆゆが今でもアイドルをしているのはものすごいことだと思う。

今のゲームの仕事をどれくらいつづけるかは自分でもわからないのだが(本当にわからない)、「ここまでやってきたのに」「ここまでつづけてきたのに」を言い訳にせず、そのときそのときの状況に応じて一貫性を放棄していきたいな~と思っているのでした。