※2013年にnoteで書いたものを少しだけ修正しました。
「でさ、」
抹茶ティーラテのはいったマグカップから顔をあげ、さえこ嬢は私に言った。
「結局、結婚したいの?」
「……まあ、するかしないかだったら、いずれはしたいです」
「いや、あなたぶっちゃけ別に結婚したくないんだと思うよ」
……質問に答えたのにずばっと否定されてしまった。さすがの切れ味。
7月の昼下がり。ひさしぶりに対面した友人・さえこさんと、私はスターバックスでガールズトーク的なサムシングをしていた。
いや、ガールズトークじゃないですね。尋問ですね。被告人は私です。
さえこさんは関西に住む同い年の女性である。数年前にインターネットで知り合った。
出会いのきっかけは今でも覚えている。
「水谷フーカさんの漫画 に出てくる男子中学生の魅力に陥落しない者がいるとすれば、アメリカ政府はその人に核爆弾のスイッチを預けるべきであろう」とわたしがTwitterでつぶやいていたら、それをさえこさんがRTしてくれ、フォローしてくれたという経緯である。
結果として共通の友人がいたこともあり、水谷フーカさんの漫画への感想以外はまったくもって物事へのスタンスが違ったものの、なんだかんだネット上で交流するうちに仲良くなった。ときに鬱々としすぎるわたしは、彼女にブロックかまされたりもしつつも、細くながく途切れながらも交流をつづけ、最近ではいっしょに旅行したりする仲にまでなった。
今回さえこさんは、私が季節性インフルエンザにでもかかったように突然「結婚したい〜〜」と言い出して、合コンや出会い系パーティーに顔を出しはじめたことにあきれているようだ。
「この間合コンもしてたけどさ、結局そのときの人たちとは連絡してるの?」
「いや……」
「じゃあ、『いいな』って思った人はいた?」
「うーーん、いるにはいたけど、相手はわたしじゃなくてAちゃんが気になってるっぽかったから、今は2人をくっつけようとしているところです」
「はあ? じゃあ何のために合コンしたの」
「なんかさ、企画してみて思ったけど、わたし、合コン楽しいんだけど、どうやら自分の好きな友達にしあわせになってほしい願望なんだよね」
そう、これはまったくの本心だった。そのころ、周りの方々になんやかやと合コンをセッティングしていただいたのだが、合コンをした方とその後2人でどこかに、ということはまったくなかった。だいたいLINEを2度ほどやりとりして終わりである。
「出会い系アプリもちょっとやってみたけど、おもしろい人と会えたらな〜っていうのがメインだし、なんというか、自分の出会い求めてなかった」
「まあ知ってた」
とあっさりうなずくさえこさん。デスヨネ……。
「ていうか、あなたが出会いを求めてるとは誰も思ってないよ」
そ、そうか……まあ、そうだけど……。
「一応、いい人いたら付き合いたいな、くらいの気持ちはあるんですよ……」
「いやーないでしょ」
……は、はい、自分でもそう思ってるんですけど、でもそれを認めちゃいけない気もしていて、なので、こうやってここまで否定されるとちょっと悲しい気持ちになるもので、かといってさえこさんに反論する勇気もなくて、私は黙って手元の抹茶ティーラテ(トールオールミルクフォーミー)をすすった。さえこさんは意にも介さず続ける。
「あのね、わりと真面目に、あなたを好きになる男性は一定数いると思うよ。この年齢だとあなたの面倒くささがツボにはまるひともいると思う」
「一言余計な気もするけど、あ、ありがとうございます……」
「けど、あなた、自分のこと好きな男の人だめそうだよね」
「そ、そうでもないよ!!!! ただ、そういう人とはあまりうまくいかないのは確かですね……」
過去をふりかえりつつ、慎重に答える私に、さえこさんが問いかけた。
「じゃあ、りこさんってどういう人がタイプなんだったっけ?」
「……えーと、『自分より遅刻する人』」
「…………」
2人の周りだけ、2度ほど気温が下がった気がした。
「ほかには?」
私はさらにおそるおそる言葉をつづける。
「うーんと、『記念日とか気にしない人』とか『映画デートにいくときに、なぜか通路を隔てて席をとったりする人』とか『2つプリンを買ってきてくれるけど、“ありがとう”って食べようとすると、“え、両方俺のだけど……”って言う人』かなあ……あ、これは一例ね。そんなに細かい条件はないよ」
「…………」
さらに温度が下がった。
さえこさんはこの世の終わりのような厳しい顔つきで、はーーーーと大きくため息をついた。
「いろいろ言いたいけど、それってようは『あなたのこと好きじゃない人』じゃない?」
「うーーーーん、そうかな……」
「そうだよ。たぶん上から目線かつ卑屈だから自分のこと好きな人だめなんだと思うんだよ。『私は自分のこと嫌いなのに私のこと好きになるとか、この人おかしい』って思ってるんだよ」
「…………」
「異論ある?」
「そ、そうかもしれないですね……」
「言っとくけど、自分のことアリだと思ってくれる人のレベルが、あなたの相場ってことだからね?」
昼下がりのスターバックスで凄惨なメッタ刺し事件が起きている……。しかし現実には血は一滴も流れておらず、誰も駆けつけてはくれない。自業自得である。
「は、はい……すみません……」
「まあ、ようは対人的な経験値と精神年齢が低いということだと思うんですけどね」
「中二から成長してなくてすみません……」
「14歳までいってないでしょ。4歳でしょ」
実年齢より20歳下……。
「ギブアンドテイクのギブばっかりもらってるよねえ、りこさんって。4歳だからしかたないかもしれないけど」
「は、はい、それもそのとおりだと思う……」
と答えてから、わたしはすこしつけたす。
「でも、わたし、本質的には、ギブしたくないわけじゃないんだよ。ギブする事には別にためらいはなくて、ただテイクしたいがためにギブしてると思われるのがはずかしいんすよ」
「ほう」
「だから、私が相手からテイクするつもりないんだと相手が思っている相手にしかギブできない。……意味わかる?」
「うん、わかるよ」
さえこさんは表情をゆるめ、やさしく笑ってから言った。
「そういうのを、童貞思考という」
完敗である。
「……はい」
「あのね、世の中の大人はちょっとくらい親切にされても『こいつテイクしたいためにギブしてるな』なんて思わないから」
「うん」
「素直に『あ、良いひとだな、優しいな』って思うよ」
「そうなんだね……」
「だから遠慮なく女子力を発揮して鍛えたまえ」
さえこさんは血まみれの私をやさしくつつむこむような笑みを浮かべた。
「私はりこさんに幸せになってほしいなって思ってるからこそ言うんだからね」
「あーーーほんとうさえこさんは私のことなんでそんなに的確にわかってくれるんですか……だいすき……結婚しよ……ありがとう……」
精一杯の感謝をこめて伝えると、さえこさんはいったん浮かべた菩薩のような笑みを消して眉をひそめた。
「あのさ、あなたいつも、私が何言っても、そう言って感動して、感動するだけであんまり改善せずに終わるから、めちゃくちゃ徒労を感じるよ……感謝の言葉はいいから行動でしめしてください」
「は、はい……」
「もう、ほんとうりこさんが『結婚したい』って言うの聞いてるの、進研ゼミやりたいって言う子供の親の気分だからね」
「は、はい……あの、さえこさん」
「なに」
「もし40歳までお互い独り身だったらプロポーズしにいっていいですか」
「……人の話聞いてた?」