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一穂ミチさんが直木賞候補になったので、オタクがおすすめ作品を5冊紹介します

こんにちは。20代半ばまで人生を商業BL小説を読むことに捧げていたライター、ひらりさです。朝起きたら、長年推していた作家さんの一人である一穂ミチさんの最新作『スモールワールズ』が直木賞の候補作としてノミネートされていて、びっくりしたし嬉しいし一日そわそわしていました。

 一穂さんは2008年に『雪よ林檎の香のごとく』(新書館)でデビューし、かれこれ50冊以上のBL作品を世に送り出しています。2016年に集英社オレンジ文庫から『今日の日はさようなら』(挿画が宮崎夏次系さん!)を刊行し、別ジャンルへと一歩踏み出された時も、すごく嬉しかったです。そして、初単行本である『スモールワールズ』の盛り上がりぶり、本屋大賞日本推理作家協会賞短編部門候補へのノミネートと、ワクワクしていたところだったのですが……直木賞候補にノミネートが来るとは……。ニュース記事の数やSNSでの言及も桁違いで、本当に、一介の読者なのに、すごくすごく胸があつくなっていました。

『スモールワールズ』は、「ふつう」からはみ出てしまった人たちの生き様を切り取った連作短編集です。

 

 

BL作品というわけではありませんが、一穂作品は商業BLにおいても常に「ふつうで安全」「世間にとけこんでいる」ものと、「はずれていて不穏」「世間離れしている」ものとが出会って化学反応を起こすのを描いてきた作家さんだと思っています。そのカラーが、BLというフィールドを越えて発揮されている本が『スモールワールズ』なので、逆に言えば『スモールワールズ』が気に入った人は、ぜひBLのほうの一穂作品に触れたら絶対好きだと思うな〜!と勝手に確信しています。「BLというと、濡れ場が激しいのでは…」と躊躇する人もいるかもしれません。もちろんジャンルの特性上セックスシーンはあるのですが、苦手であれば該当場面は飛ばすこともできるし、描写としては比較的マイルドではないかと思います。あまり気負わず手にとってみれば良いと思います。

そんなわけで過去ブログをベースに、私のおすすめ作品を5冊紹介しておきます。

 

『イエスかノーか半分か』

 

 昨年アニメ映画化もしたので、知っている人は多いかもしれない。2014年に第一作がでて、今も続いている超人気シリーズですが、一作でも読めます。舞台は、とあるテレビ局。極度の猫被りで周囲に愛される“王子”を演じている若手アナウンサーの国江田計が、「本当の姿」の時に、取材で知り合ったアニメーション作家の都築潮と往来で衝突してしまうところから始まる”二重生活”を描いたお仕事BLです。仕事描写もさることながら、「猫被りの計」と潮、「本当の計」と潮、それぞれの人間関係が進行していくことで、「二人の恋愛なのに三角関係」というトリッキーな状況が生まれ、それがものすごく萌える形で描かれているのが本作品のキモ。二つの恋愛関係が収斂していくのと、計の仕事上の試練へのチャレンジが同時に展開していくのも、ものすごくうまい。キャラクターへの愛着とともに、ストーリーの気持ち良さを味わえる一冊です。…と書いてから思いましたが、BLって「攻めと受けのすれ違い(認識のズレ)」をいかに演出するかという点で、ミステリー(犯人と読者の間の認識のズレが最後に明かされる)の手法と近いジャンルなんですよね。一穂さんは、ミステリーの作り方がとてもうまく、それが『スモールワールズ』でも生かされているなと感じました。

 

『ふったらどしゃぶり  When it rains,it pours』

 

同棲する彼女とのセックスレスに悩む一顕は、自分で自分に送ったつもりのメールのメールアドレスを間違えた結果、会社同期の整にメールを誤送信してしまう。お互いの正体は伝えないままにやり取りを始めた二人は、たわいないコミュニケーションを重ねるうちに悩みを打ち合うことに。整も実は、同居している同性に自分の思いを受け入れてもらえず苦しんでいるという秘密を抱えていて……という作品。今でこそ彼女のいる攻めの出てくる作品も結構ありますが、2013年当時は「彼女と同棲」「しかもセックスレス」という題材にかなりびっくりした覚えがあります。もともとディアプラスでデビューしている一穂さんですが、当時のメディアファクトリーが創刊した「フルール文庫」という、従来とは違った層をとりに行こうという試みの中で生まれたBLレーベルでの執筆だったからこそ生まれた作品なのかなと。BL初読の方や男性でも読みやすいかなと思っています。

 

『ノーモアベット』

 

「お仕事BL」の神である一穂ミチさん。こちらの『ノーモアベット』は、日本初の公営カジノを舞台に、ディーラー×都の広報職員の恋愛が展開する作品です。表紙の左側がディーラーの一哉で、右側が都の広報職員・逸。二人は職業上知り合ったわけではなく、実は家族同然の従兄弟。凄腕ギャンブラーである逸の父にその技術をしこまれた一哉に対して、自分には同じだけの才能がなかったと理解している逸は、どうしてもコンプレックスが拭切れずに反発してしまうが……というお話。二人が思いを確認しあうにあたってのクライマックスが「カジノでの本気勝負」なのがすごくいい。さらに、ストーリーが受け攻めの直接対決だけで終わらず、二人の家族のために命を賭けた大勝負が展開する筋立てになっていて、恋愛というのは、どちらかがどちらかを負かすだけの関係ではないというような、一穂さんの美学が感じられます。ちなみに私は、スピンオフ作品の『ワンダーリング』も大好きです!こちらは攻めがシンガポール華僑で、シンガポールの富豪の生活などが描かれているので旅行気分も楽しめる。「人生なんてつまらなくてたまらないって思ってるだろう? そりゃそうだ、お前の人生がつまらないのはな、一度も自分で選んでないからだよ」ってセリフが印象深いです。

 

 『off you go』

 

「明光新聞社シリーズ」と呼ばれる作品群の一冊。 明らかに朝◯新聞っぽさのただよう大手新聞社をメイン舞台としたシリーズなのですが、登場人物すべて記者というわけではなく、国会の速記官だったり、不祥事をリークされた製薬会社の社員だったりいろいろ。どの職業も「おしごと」部分が本当にリアリティをもって丁寧に描かれているのがとても好きです。

本作のメインキャラクターは、病弱な妹・十和子のことを気遣ってきた兄・良時(整理部記者)×十和子の夫であり、良時の幼なじみでもある密(特派員)(ちなみに、キャラクター紹介の時点で女が絡んでくるのも、BLレーベルではかなり異色……)。良時、密、十和子は、密と十和子が同じ病院に入院していたことで出会い、30年近い腐れ縁の関係です。日常生活は難なくこなせる程度に健康になった密は現在、良時と同じ明光新聞社に同期入社し、海外特派員として出世コースをわたっている。互いに順風満帆に見えたが、良時は妻の不倫により離婚することになり、その後十和子も密と離婚すると言い出す……というところまでが物語の導入。

その後3人の出会いから現在にいたるまでのいろいろなエピソードが描かれていくんですが、その描き方が本当に良時と密の「2人」の話ではなく、良時と密と十和子の「3人」の話なんですよね。もちろんBLとしての魅力も素晴らしいのですが、受け攻め二人だけの世界があればOK!ではなくて、彼らが生きる社会や、彼らが大切にしている他のキャラクターをも生き生きと描く、一穂さんらしさが十二分に発揮された作品だなと思っています。あとタイトルが本当に好き。「行っちまえ」って。誰かとても気が合うな〜と思う人と出会うと、いつも買って渡している……(笑)。

 

「ステノグラフィカ」

 

明光新聞社シリーズだとこれもすごく好き。 政治部記者・西口×衆議院速記官・碧。一穂さんのBLの好きなところのひとつは、登場人物たちがきちんと仕事をしている描写があり、その人物の性格や言葉のはしばしがきちんとその「仕事のひと」だなあと感じられること、そして物語としてのオチにもきちんとその仕事が絡んでくることなのですが、それが素晴らしいのがこの「ステノグラフィカ」。「速記官」ってもう募集停止してる仕事じゃなかったっけ?と思いながら読んでたら、きちんとそのことに対する受けの葛藤も入ってたり。 あと速記官だからこそ、「攻めの声のよさ」にひかれて、そこを入り口に好きになっていくところもいい。そして、ステノグラフィカの攻め、西口はBL小説界屈指の「人がいいけど、どこか男性性に振り回されている男」。女性部下の好意を見て見ぬふりをしておちょくったり、自分より仕事のできた元女房へのルサンチマンを抱いていたりして、その矮小さが容赦無く(しかし愛情を持って)描かれているのが、攻めをかっこよく描くことが是とされてきたBLというジャンルにおいて、すごいことだなあと思います。男性ばかりの世界の中で働く女性キャラクター、もしっかりと描写されていて、それにも励まされます。ちなみに「off you go」の二人は西口の同期です。 

 

こうやって書くと、どうしても2014年前後の作品が多いですね。wikipediaで過去作品を振り返ってみたところ、2017年以降はシリーズものの続刊の執筆が多く、全くの新作はあまりなかったようです。『イエスかノーか半分か』は続刊・スピンオフも含めてとても面白いです。ぜひお口に合うものがありますように!

 

昨年は、凪良ゆうさんの本屋大賞受賞で本当に胸が熱くなりました。そして今回改めて、一穂ミチさんという、やはり商業BL小説界を長く支えてきた方がこうしてジャンルをこえて大注目される機会に立ち会っているのが、(本当に単に一読者なんだけど)嬉しくて、新人賞がどんどん消えている商業BL小説界も活性化したらいいなと思ったりします。ただ一方で、(これも面倒くさいオタクムーブですが)作家さん一人ひとりはただ作家さん一人ひとりとして活躍してくれれば嬉しく、オタクがなんか、商業BL小説界を勝手に背負わせてはいけないなとも思う……めんどくさいな…どっちなんだよ……。また、商業BL小説界というのは、ある種のコードを作者と読者が共有しあって作り上げている世界で、だからこそたどり着ける、人間関係の描き方みたいなものがある一方で、すごく堅苦しい部分もあるジャンルだと思っています。商業BL小説界盛り上がって欲しい気持ちと、ジャンルを問わず、性別にかかわらない恋愛・非恋愛の傑作がもっと増えて欲しいです。そんなわけで、7月14日を勝手に待機しています……。