It all depends on the liver.

飲みすぎないように文章を書く

いつもの料理を、ひと味変えて? シェフ=キュレーターの技にむせび泣く「シンコペーション:世紀の巨匠たちと現代アート」展

箱根に来ています。

「仕事を忘れて温泉旅館でのんびりしたい……」というのが最初の動機だったのですが、美術館密集地帯である箱根では、興味惹かれる企画展もあれこれやっていて、1日目である今日はポーラ美術館に行くことに。

 

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1月にも一度訪問し、とても気に入っていたポーラ美術館。山の緑に囲まれていて、建物そばにひろがる遊歩道にも、彫刻などが置かれています。前回は雨だし冬だしでとても寒かったのですが、今回は天候にも恵まれ、ガラス張りの建物がなおさら映える映える。


鑑賞したのは、8月1日から開催している「シンコペーション:世紀の巨匠たちと現代アート」展。

bijutsutecho.com

 

サブタイトルから、巨匠のアートと、現代アートをコラボレーションさせる試みなのだというのは察していたのですが、すごかった……。

 

たとえば、館内に水色のプールをつくりだし、そこに無数の白い器をぷかぷかと浮かべて、器どうしの響きを楽しむ作品(セレスト・ブルシエ=ムジュノの《クリナメン v.7》)にあわせて、モネの《睡蓮》を飾ったり。

 

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クリナメンは撮影禁止でしたが、上に貼った美術手帖の記事で写真が掲載されています。

 

たとえば、15年以上アラスカに通い一人カヌーをこいで氷河の写真を撮り続けてきた日本人写真家の作品(石塚元太良《Middle of the Night》)のなかに、ルネ・マグリットの《前兆》をしのばせたり。

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そして、鏡とガラス板を無数にくみあわせたアート作品(アリシア・クワデ《まなざしの間に》)の奥に、サルバトール・ダリの《姿の見えない眠る人、馬、獅子》を配置し、観るもの自身の立ち位置さえも失わせるような、幻惑の世界を作り出したり……。

 

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ただ蓮の絵同士を並べるとか、ヌードの系譜をたどるとか(横浜美術館のヌード展は素晴らしかったですけど!)、そういうオーソドックスな発想ではなく、一つ一つで観たら絶対むすびつかないようなふたつ(あるいはそれ以上)を、確信をもった手つきで、大胆に、しかし繊細に、同じテーブルに乗せて、「どう?」「いいでしょ」とやってくるような企画展で、しかもそれが決して押し付けがましくも必死でもない軽やかさで、とってもとっても最高でした。部屋をうつるたびに「う〜〜ん!(感嘆)」とうならざるをえなかった……。まるでNOMAやエル・ブジといったイノベーティブ・フュージョンの名店で、シェフ渾身の新作コースを食しているような、新鮮な体験だったのです。

 

楽しみにしていた割に(笑)展示説明や関連記事を大して読まずに現地に赴いたのですが、驚いたのが、飾られていた「巨匠」サイドの作品に関しては、すべてポーラ美術館がもともと所蔵しているものだったということ。たしかに1月にコレクション展を観たときに、目にした記憶があるものもあるような……。膨大な西洋絵画だけをだーっっと観るのも、それはそれで醍醐味でもあるのですが、どうしても「ちょっとお腹いっぱいです」となって、一つひとつの印象が薄れてしまうところ、今回の企画展では異種格闘戦によって、現代アートも心に残るし、歴史的名画のほうも、くっきりと印象に残る構成になっていて(展示点数としてもちょうどよかった)、しかも一部屋一部屋まったく印象が違うのもあって、空間をふんだんに使い、最後まで胃もたれさせないフルコースになっていたなあと思います。

ちなみに併設のレストランでは、展示にあわせた特別コース「シンコペーション」が食べられます。これも可愛くて美味しかった!

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さて、ここまで料理にたとえてしまいましたが、展示のメインタイトルである「シンコペーション」は音楽用語。日本語では「切分法」と訳されていて、強い拍と弱い拍の位置を通常と変えて、リズムに変化を与えることらしいです。おのおのの歴史のなかで、それまでとは違ったリズムを刻んできたアーティスト同士を、時代をこえてくみあわせることで、さらに新しいリズムを生み出す……というような意図があるのかな。

公式キャプションでも、音楽にたとえるような言葉遣いが多く、また、遊歩道では、スーザン・フィリップスというアート作家による音楽インスタレーションが行われていました。

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開館以来初となる現代美術の展覧会とのことですが、ほんとうに、企画したキュレーターさんに「ありがとう〜〜!」とスタンディングオベーションを送りたい気持ちになりました。

あと石原元太良さんの氷河写真、アラスカのゴールドラッシュ廃墟写真がとても良くて、本を買った。

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ぜんぜん素人鑑賞者なのですが、だからこそ、いろんな作家さんとの出会いがたくさんあるなと楽しみです。

ひらりさってどんなもの書いてるの? 2019年のおしごとアーカイブ

※2020年1月に更新しました


会社員でライターで劇団雌猫です

 

こんにちは。会社員をしながらライター・編集をしている”ひらりさ”です。あと、「劇団雌猫」というオタク女ユニットの一員として活動しています。

 

 

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いくつかのプロフィールイラストが存在している。

 

……なんてだけだと、どんな人かわからないだろうと思い、2018年までの仕事履歴をまとめたのが2019年1月のこと。

zerokkuma.hatenablog.com


気づいたら、2019年がだいぶ終わっていた……。

 

劇団雌猫としては、新たに3冊書籍を出しました。

 

誰になんと言われようと、これが私の恋愛です

誰になんと言われようと、これが私の恋愛です

  • 作者:劇団雌猫
  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 2019/11/06
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

本業はオタクです。-シュミも楽しむあの人の仕事術 (単行本)

本業はオタクです。-シュミも楽しむあの人の仕事術 (単行本)

 

 

一生楽しく浪費するためのお金の話

一生楽しく浪費するためのお金の話

 

 

また、昨年刊行した『だから私はメイクする』のコミカライズも、FEELYOUNGで連載しています。

 

 

 

雑誌出演、インタビューなど、雌猫の活動だけでもいろいろやっているのですが、個人の活動はなおさら細々やっており、これも記録しておかねば……と思うので、2019年ぶんを。

どんな仕事を頼めるの?

個人ライターとしては大きく、

  1. ブックライティング
  2. 雑誌・ウェブメディアでのインタビュー取材
  3. 個人的な体験や取材にもとづくコラム・エッセイ執筆
  4. 書籍やテーマにあわせたトークイベント出演
  5. サービスやプランの体験レポ

 

の仕事をしています。4年間ウェブ編集として働き、劇団雌猫の活動でも毎度企画・編集といえる仕事をしているので、編集者という自認もあるのですが、なにぶん会社員が本業なので、書きたいものを書くことを優先に仕事をしています。


今のところの興味範囲としては、

女、お金、コスメ、美容、オタク、腐女子ボーイズラブ、百合、

映画(とくに韓国映画!)、アニメ、漫画、

ジェンダーフェミニズム、インターネット、メディア、韓国、アジア

などかなあと思います。もし合いそうだなと思う企画があれば是非お声がけください。

 


2019年、個人で連載しているのは2つです。

FRaU 平成女子の「お金の話」

gendai.ismedia.jp

FraUで月1回、様々な角度から「女がお金を使うとき」を取り上げています。(取材を受けてくださるかた、読みたいネタなども絶賛募集中……!)

 

マイナビウーマン コスメ垢の履歴書

woman.mynavi.jp

マイナビウーマンで月1回、コスメをこよなく愛する「コスメアカウント」のみなさんに取材し、コスメにはまった経緯から、メイクポーチの中身まで見せてもらっています。

 

また、劇団雌猫の活動の一環ですが、名義を出して日経MJでも連載しています。

日経MJ 劇団雌猫のトレンド夜会

r.nikkei.com

2ヶ月に1度の持ち回りで、メンバーがそれぞれの視点でコラムを執筆しています。

 

この合間にもろもろの劇団雌猫としての活動を行い、時間の許す範囲で個別の依頼をお受けしています。他のライターさんに比べ時間の融通がきかないところがありますが、だからこその視点もあると思うので、ご興味持っていただければうれしいです。

連絡は、TwitterのDMか、risari.7★gmail.com までお願いします。

 

※2019年11月までは、すでに受けている仕事で執筆スケジュールがいっぱいです。12月以降でご一緒できる案件や、トークイベント・対談などの出演案件があればお声がけください。

 

ちなみにプラットフォーム「note」にて、「アラサーのさらけださない日記」という定期購読マガジンも更新しています。

note.mu

 

 

 

というわけで、以下は単発仕事のアーカイブです。雌猫名義だが個人として寄せたものも、一部含まれます。依頼時の参考にしていただければ幸いです。


2019年のアーカイブ(2020年1月更新)

12月

 

わたしの好きな街: 独断と偏愛の東京

わたしの好きな街: 独断と偏愛の東京

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: ポプラ社
  • 発売日: 2019/12/12
  • メディア: 単行本
 

 ポプラ社から出た「わたしの好きな街」に、東新宿について寄稿しました。

 

SPUR(シュプール) 2020年 2 月号 [雑誌]

SPUR(シュプール) 2020年 2 月号 [雑誌]

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2019/12/23
  • メディア: 雑誌
 

 SPUR2月号、「ベスト・オブ・カラーズ」でおすすめコスメを紹介しました。

bunshun.jp

短期留学中にあり金を盗まれたので、「文春オンライン」に寄稿しました。大変だった……。

 

www.viewtabi.jp

 「びゅうたび」で、群馬旅行のレポート記事を書きました。楽しかった。

ten-navi.com

Dybe!にて、『漫画 君たちはどう生きるか』の書評を書きました。

 

srdk.rakuten.jp

ソレドコにて、セルフネイルを薦める記事を書きました。

 

11月

完全版 韓国・フェミニズム・日本

完全版 韓国・フェミニズム・日本

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2019/11/29
  • メディア: 単行本
 

 河出書房新社から出た「完全版 韓国・フェミニズム・日本」にエッセイを寄稿しました。

natalie.mu

映画ナタリーで、「グレタ」にあわせた横槍メンゴさんインタビューを構成しました。

 

nlab.itmedia.co.jp

アッチあいさん『ポチごっこ』のインタビューをしました。1年ぶり2回目でした。

 

10月

note.com

柏書房ウェブマガジン「かしわもち」にて、はらだ有彩さんとの対談シリーズがはじまりました。ゆるく続きます。

 

nlab.itmedia.co.jp

ねとらぼ調査隊にて、「つけびの村」インタビューをしました。

woman.mynavi.jp

マイナビウーマン「ラブソングのB面」の企画に参加しました。

 

9月

subaru.shueisha.co.jp

すばる9月号にて、劇団雌猫ひらりさとして「出費日録」を執筆しました。

 

 yomyom vol.58にて、「トレンドを、読む読む。」に寄稿しました。

 

bookandbeer.com


はらだ有彩さん『日本のヤバい女の子 静かなる抵抗』の刊行を記念したトークイベントに、ゲストとして出演しました。

 

8月

note.mu

ひの宙子さん『グッド・バイ・プロミネンス』に推薦コメントを寄せました。

 

ladyknows.jp

Ladyknowsが開催した「美容とルッキズム」についてのトークイベントに、長田杏奈さんと出演しました。

 

ten-navi.com

オウンドメディア「Dybe!」で、仕事に効く書籍を紹介しました。

 

7月

nlab.itmedia.co.jp

ミュージカル「少女革命ウテナ〜深く綻ぶ黒薔薇の〜」鑑賞レポートを執筆しました。

 

ginzamag.com

ウェブの「GINZA」にて、京都旅のエッセイを書きました。

 

www.pixivision.net

Pixivisonで『これだからゲーム作りはやめられない!』のレビューを書きました。

 

www.gentosha.jp

ゆうこすさん、ハヤカワ五味さんの対談記事を構成しました。


woman.mynavi.jp

マイナビウーマンにて、「りぼん」愛をつづりました。

6月

musical-utena.com

ミュージカル「少女革命ウテナ〜深く綻ぶ黒薔薇の〜」パンフレットで、幾原邦彦さんと吉谷光太郎さんの対談を取材・構成しました。

 

bookandbeer.com

岡田育さんの単行本『40歳までにコレをやめる』の刊行を記念したトークイベントに、ゲストとして出演しました。

 

note.mu

長田杏奈さんの単行本『美容は自尊心の筋トレ』の刊行を記念したトークイベントに、ゲストとして出演しました。

 

 

5月 

ikuni.net

ダ・ヴィンチ6月号で、幾原邦彦インタビューを担当しました。

 

ananweb.jp

anan本誌で、アニメ「さらざんまい」によせたコラムを書きました。

 

bookandbeer.com

歌人・瀬戸夏子さんの『現実のクリストファー・ロビン』刊行を記念したトークイベントに、ゲストとして出演しました。

 

nlab.itmedia.co.jp

「凪のお暇」コナリミサトさん、「私の少年高野ひと深さんに飲酒トークしていただき、それを記事にしました。

 

 

lifeplan-navi.comouオウンドメディアの「ライフプランNAVI」で、投資被害にあったときのことを書きました。

 

4月

www.tbsradio.jp

アフター6ジャンクションに出演し、幾原邦彦さんといっしょに「さらざんまい」の話をさせていただきました。

ten-navi.com

オウンドメディア「Dybe!」で、就活のときのことを書きました。

nlab.itmedia.co.jp

幾原邦彦展のレポートを書きました。

www.pixivision.net

Pixivisionで『絶対BLになる世界VS絶対BLになりたくない男』のレビューを書きました。

 

www.meryx.co.jp

給食サービス会社・メリックス株式会社の採用案内の取材・構成を担当しました。

 

3月

 文學界4月号に、『だから私はメイクする』に関連したエッセイ「俺もやってみようかな?」を執筆しました。

 

welove.expedia.co.jp

旅に関する媒体「We♡Expedia」で、東京リフレッシュスポットの記事を書きました。

 

natalie.mu

フルーツバスケットanother」の刊行を記念して、横槍メンゴ先生に取材しました。

cakes.mu

cisさんのイベントレポートをまとめました。

 

2月

www.ohtabooks.com

QUICK JAPAN vol.142で荻野由佳さんコメントの取材・構成を担当しました。

 

nlab.itmedia.co.jp

onBLUEで連載されている、夏野寛子さんに、単行本『25時、赤坂で』についてインタビュー取材しました。

本当に美しくて情緒的な漫画を描かれる方です!

 

nlab.itmedia.co.jp

ビニールタッキーさんの恒例企画「この映画宣伝がすごい! 2018 ~勝手に日本宣伝アカデミー賞」イベントレポート を書きました。

 

アフター6ジャンクションのカルチャー最新レポートのコーナーに出演し、ソフィ・カル展について話しました。

1月

shibuyaso.com

サイト「しぶや荘」での企画・妄想ラブレターの編集・執筆をしました。

 

nlab.itmedia.co.jp

中国のビジネス状況にくわしい戦略マーケター・なつよさんのイベントレポートを書きました。(375ブックマークされていたはずだが、何故か見えない……)

kai-you.net

KAIYOUにて、とらのあな通販サイトのキャンペーンによせて、コラムを書きました。

spur.hpplus.jp

劇団雌猫『だから私はメイクする』になぞらえて、中島美嘉さんの美意識について伺いました。

 

誰かの記憶に残るということ−−瀬戸夏子×吉田隼人「早稲田から眺める現代短歌クロニクル」

わたしには、西武新宿線に対してのほとんど合理的でないトラウマがあって、それに付随する苦手意識を強く抱いている。

 

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たとえば、大学時代にちょっとだけ付き合っていた男性のバイト先が、今はなきあおい書店高田馬場店だったけれど、3ヶ月でサクッと別れたこととか。

たとえば、社会人になってから付き合った男性の住居が西武新宿線沿線在住で、一時期毎日のように電車に乗り、ときには西武新宿駅PePeの花屋で薔薇を買って行ったことすらあるが、2ヶ月でサクッと振られたこととか。

たとえば、中井駅で一緒に美味しいもつ焼きを食べたことのある元交際男性が、後日Twitterで結婚生活について愚痴っているのを目撃したこととか。


もはやおそろしいまでの言いがかりというか、逆恨みでしかないのだが、なんとなく、私の数少ない交際についての苦い記憶は、西武新宿線によって呪われているような気がしており、その後とあるテレビ番組にマンガに詳しいライターとして呼ばれ、複数回の打ち合わせに参加し、当日もリハーサルあわせて3時間近く拘束され、さすがに一回目は楽しかったしいいけど二回目呼ばれたときには、車代(ギャラ)的なものをいただけませんかと提案したら、『高田馬場のスタジオまでの交通費を後で請求してください』と言われたときにも、「西武新宿線が悪い」と思ったくらいだ。

 

というわけで−−上記もろもろのエピソードに一切早稲田生は出てこないのだが−−、限りなく近隣である東新宿というエリアに住みながらも、極力高田馬場にある大学には近寄らずに暮らしていたわたしが、この土曜に、雨の中バスに乗り、まさに早稲田!なエリアに位置する「古書ソオダ水」にお邪魔したのは、サークル「早稲田短歌」出身の歌人であり、先日下北沢B&Bにてトークイベントをご一緒した瀬戸夏子さんの、新刊刊行記念トークイベント第三弾「早稲田から眺める現代短歌クロニクル〜「早稲田短歌」「町」「率」から現在まで〜」に参加するためだった。

前々から行きたいと思っていたが、結局当日飛び入り参加することになった同イベント、開演15分前に「まだ席ありますか〜」と弱々しく声をかけたら普通に満員御礼で、一人だけ立ち見というちょっとはずかしい事態になり「挨拶したら抜けるか……」と思っていたのだけれど、誰か欠席した人がいたのか、一つだけ椅子が空いていて、途中で座らせていただくことができ、2時間たっぷりと、瀬戸さんと、サークルの後輩であり1989年生まれの歌人吉田隼人さんのトークを堪能することができた。

おおきくわけて前半は、瀬戸さんが見てきた短歌業界の全体のトレンド−−短歌同人とネット短歌が絡み合いながら隆盛するも、なかなか歌集は出ず、「データ」を収集しなければならなかった時代から、「文学フリマ」によって同人誌をつくるサークルによる短歌が盛り上がり、また書肆侃侃房の登場によって、(絶版はありつつも)「紙」で歌が手に入るようになった時代に変わったという大枠の話を、後半は、その「文学フリマ」と「紙」の時代の中で存在感を持つようになった学生短歌、ひいては「早稲田短歌」、そして瀬戸さんが参加していた同人誌「町」と「率」についてという、ディテールにフォーカスした話が展開された。わたしは短歌にも短歌業界にも一切精通していないのだけれど、こうした創作周辺の枠組みの話を通じて、流通する「短歌」のフォーマットや、「歌人」たちのマインドにもこういう影響があったと思う、そして瀬戸さんはその中でこういうふうに歌作をしていたという話が、お二人のそれぞれ挙げた「2000年代以降の短歌20首」を引きながら広がっていったので、手元にくばられたペーパーに記載されたその20首をヒントに、頭のなかでお二人の言葉を咀嚼することができて、とても刺激的な2時間だった。

 

Twitterでもメモっていたのだけれど、印象的だった内容は大体こんな感じ。
(あくまで私のメモ書きなので、当日のニュアンスと異なる可能性大ですご注意を)

伊藤計劃に影響されたのかやたら「傭兵」的な言葉が使われてた時代があった

・でもここまで現実が切迫してると、とても簡単には扱えない言葉が増えた

・(瀬戸さんは)抑圧がないと歌がつくれない

・「手紙魔まみ」に衝撃を受けて歌をつくりはじめたので、穂村弘と(モデルとなった)雪舟えまの影響をめちゃくちゃ受けている

・(短歌20首ペーパーにふれながら)雪舟えまの「百年」と東直子の「燃えるみずうみ」の強さから逃れられなくて、それの真似になっちゃって、そこから脱しようと苦しんでた

 黎明のニュースは音を消してみるひとへわたしの百年あげる(雪舟えま)

 好きだった世界をみんな連れてゆくあなたのカヌー燃えるみずうみ(東直子

 ではなく雪は燃えるもの・ハッピー・バースデイ・あなたも傘も似たようなもの(瀬戸夏子)

 

 

・歌集を2つ出して、ある程度自分の好きに歌をよめるようになったかもと思ったら、逆に歌をつくるモチベーションがなくなったかも
・「言いさし」「欠落」が短歌の妙と言われるし、穂村弘は「5W1Hを明確にしすぎない」ほうがいいと繰り返しているが、正直(瀬戸さんは)言いたいこと多すぎて、できない
・ってか「言いさすことで、そこの欠落に読み手が自分を代入してお気持ち共感する」みたいなのが許せない、短歌を「お気持ち共感受容体」にしたくない

・「情報量が多すぎるから短歌やめろ」と散々言われた

・でも塚本邦雄はめっちゃ情報量詰めて成功してる、なのでめちゃめちゃ(塚本の歌を)勉強した
・我妻俊樹は塚本邦雄タイプ、フラワーしげるは情報を詰めない
・塚本のもう一つの特徴は、シニフィアン(意味しているもの)=シニフィエ(意味されているもの)が離れていること

・現代短歌の世界では、「なんで?」って思うくらいシニフィアンシニフィエが癒着している人が多い
・現代詩はむしろシニフィアンシニフィエをこれでもかというくらい離そうとする

・(瀬戸さんは)離したいほうなので、「現代詩短歌」って100回くらい言われた

・偶然短歌botがおもしろがられてるけど、心に残ってる文字列は一つもないはず
・短歌の世界は「つくる」人より「よまれたい」人の世界
・歌を作るAIではなくて、歌の価値判断ができるAIができたら本当の脅威

・(20首にふれながら)歌作を短期間でやめてしまった人の歌が、なぜかネットでバズったりすることもある。

 問十二、夜空の青を微分せよ。街の明りは無視してもよい(川北天華)

 実はこの「問〜」形式の短歌はたくさんあるのだけど、この川北さんの歌がなぜバズったのか?がわかる、事前に価値判断できるAIができたら、短歌も人間も終わっていいと思う

・(瀬戸さん自身は)過去に女性同性愛についての連作をうたって、その後いなくなってしまった觜本なつめの一首を、折に触れて思い出してしまう

 赤く熱おびた木の実を口うつし おまえと子宮を交換したい(觜本なつめ)

・昔は「歌のわかれ」などといって、歌作りをやめることがものすごく重大な決意というか感傷的なものとしてとらえられていたが、短歌は「趣味」で「座興」なので、フェードアウトしたっていいし、いまはフェードアウトした人の歌でも、何かしらのかたちで「残る」

・「かくれんぼ同好会に行っちゃったやつの歌、すごい良かったんですよね」(吉田)

・「できることなら、定家みたいに1000年みんなに覚えてもらいたい」(吉田)という考え方もあるだろうけれど、(瀬戸さんは)自分にとっての觜本なつめさんの一首のようなかたちで、自分の歌が残ってほしい

 

短歌に限らず、なにかを「作る」「発信する」ことに楽しみを覚えている人には、とても響く内容が詰まっていて、本当に、行ってよかったなあと、一言一言をかみしめるトークイベントだった。なんとなく抱いていた苦い記憶たちが、良い「記憶」の話で塗り替えられたという点でも。

そして終了後にご挨拶した「短歌は記憶されて、よまれないと意味がないので、ぜひひらりささんの好きな歌があったら、紹介してくださいね! 」とありがたいお言葉をいただいたので、ペーパーに書かれていた、20首×2のなかから、個人的に「好きだな」と思ったたものを挙げておきます。

 

晩年は神秘主義へと陥った僕のほうから伝えておくね (佐久間慧)

問十二、夜空の青を微分せよ。街の明りは無視してもよい (川北天華)

かたつむりって炎なんだね春雷があたしを指名するから行くね (雪舟えま)

夏の井戸(それから彼と彼女にはしあわせな日々はあまりなかった)(我妻俊樹)

ずっと味方でいてよ菜の花咲くなかを味方は愛の言葉ではない (大森静佳)

 

 

とにかく情報量が多い、以下2冊の瀬戸さんの本もおすすめです。 

 

現実のクリストファー・ロビン 瀬戸夏子ノート2009-2017

現実のクリストファー・ロビン 瀬戸夏子ノート2009-2017

 

 

 

かわいい海とかわいくない海 end. (現代歌人シリーズ10)

かわいい海とかわいくない海 end. (現代歌人シリーズ10)

 

 

追記:6月24日に、ご指摘頂いて、短歌引用の誤記を修正しました。失礼しました!

5月病を吹き飛ばす全力ジェットコースター映画「神と共に 第1章:罪と罰」を、オタク女が早口で語る

長期連休明けの5月。

平成だろうが令和だろうが、休みを有意義に過ごした人にとってもうだうだ過ごした人にとっても、至極憂鬱な毎日に感じられているんじゃないでしょうか。

少なくともわたしはめちゃくちゃアンニュイで、そこに急激な灼熱サマーの襲来も加わって、体調もまったく芳しくありません。

仕事のアポイントはバシバシ入るし、副業の新規案件のお声がけも(ありがたいことに)どんどんやってきて、ここがやる気の出しどころではあるというのに、心も体もまったくついてこず、とりあえずルミネ10パーセントバーゲンに乗じて、ばかすか新しい服を買ったときはドーパミンが出たものの、その効力が消えるのも早く、「もしかして…そろそろもう労働や浪費や、俗世のあらゆるモチベーションが尽きてしまうのでは?」と、結構マジで不安になるくらいにはヘロヘロのヘロとなっておりました。

これはいかんな〜〜〜、とりあえず人と会う予定は極力入れずに家を片付けるか〜〜〜、そして情報過多だからTwitterのフォローも減らすか〜〜と断捨離を決意した火曜の夜、それでも空いた予定を埋めたい欲が勝ってしまって、足を運ぶことにしたのが映画「神と共に 第1章:罪と罰」でした。

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kamitotomoni.com

 

そもそも「続きもの」があまり得意ではない、というか、短い時間ですっきりおさまった物語が好きな、せっかちな私。第2章まであることにも、140分という長さにも、最初は敬遠していたし、「韓国で2700万人の動員!」「映画『新感染』を超える歴史的大ヒット!」と言われても、話半分くらいにしか思ってなかったのですが……、

 

 

めちゃめちゃめちゃめちゃハマりました。

 

 

公開前からワクワクしながら情報チェックして初日に観に行けばよかった〜〜〜〜〜〜〜!!!!私の愚か者〜〜〜〜〜〜!と自分を罵りつつも、帰宅しながら興奮ツイートしまくり、前を見てなさすぎて道の段差から落ちて足をぐきっとやり、家につくころにはLINEマンガで原作を読み始め、その合間にTwitterでひたすら画像検索し、朝には日本版コミカライズ全4巻を風呂で読み終えて感無量となり、「友達にもすすめよう」「来週また観よう」「Pixivも巡回に行こう……」とさまざまなオタク・モチベーションがわいてきて、今日の仕事帰りには、レディースデーでごった返すピカデリー新宿を再訪し、昨晩すでに売店が閉店していて手に入れられなかった公式パンフレットもゲットして、今なめるように読み終え、このブログを書いているところです。

すでにTwitterでさんざん騒ぎ、人によってはダイレクトマーケティングメンションもかましておりますので、友人のみなさまにおかれましては「もううるさいよ、観たくなったら観るよ」という感じだと思いますが、わたしの慢性的な、もしかしたら1年くらい続いていたかも知れない5月病を劇的にふきとばしてくれた、というか最近忘れかけていた「萌え」の感覚を取り戻させてくれた、「神と共に」という作品に敬意を払って、「みんな観に行ってくれ〜〜〜〜!」と思う理由を、残しておきたい次第です。

というわけで長かったけれど、今から本題スタートです。

 

1)世界観とストーリーが、普通にめちゃくちゃオタクフレンドリー

ポスターとタイトルからだと、ちょっとどういう映画なのかわかりにくい「神と共に」。元々は「神と一緒に」という、韓国で大ヒットしたウェブトゥーン(ウェブマンガ)を原作としており、ストーリーは一口に言うと、「少年ガンガン」に載ってそうなタイプのファンタジーです。

物語の始まりは、消防士キム・ジャホンが、身を犠牲にして子供を助けるところから。高層ビルから地面にたたきつけられるも、自分が抱きしめて救出した子供が無事両親と再会しているのを見たジャホンは、自分も生存していると思って立ち上がりますが、誰にも反応してもらえず、そこに現れた冥界の使者−−長身の男性・ヘウォンメク(チュ・ジフン)とおかっぱの少女・ドクチュン(キム・ヒャンギ)、そして2人から「リーダー」と呼ばれているカンニム(ハ・ジョンウ)から、「お前は死んだ」と告げられます。

 

死者は冥界におもむき、生前の罪をもとに49日間7つの地獄での裁判を受け、様々な罰を受けるか、あるいは罰をのがれて生まれ変わるに値するかを判定されます。ろう者の母親をおいて死んでしまったジャホンは「生まれ変わっても意味なんてない」と絶望しますが、彼は19年ぶりに現れた、きわめて罪が少なく、他人のために献身してきた「貴人」。実は地獄の使者たちには、「1000年で49人の貴人を生まれ変わらせることができたら自分たちも生まれ変われる」というルールがあり、3人はジャホンに地獄を通過させたいという気持ちで必死。

そんな3人から、ジャホンも「生まれ変わる直前には、生者の夢にあらわれて別れを告げることができる」というルールを聞いて、地獄を乗り越える覚悟を持ちますが、そこにジャホンを狙う「怨霊」が現れて、事態は一気に不穏な方向に……。

 

中国古来の冥界思想にのっとりながらも、ファンタジー的・現代(官僚)的両面にアップデートされた世界観と、各人の思惑・キャラクターがうまくからみあい、きっちり伏線を回収しながら展開していくストーリーが普通にめちゃくちゃおもしろく、140分あっという間に過ぎました。ちなみに、第二章があるとはいえ、尻切れトンボではなく、しっかりオチもついてます。

 

2)パーフェクトとしか言いようのない、ビジュアル・演技をこれでもかと見せつけるキャストたち

映画を観終わって、「あ〜〜すごいおもしろくてスタイリッシュな映画だった! これは原作でどんなバキバキ神描写がされているのか、早くチェックしなければ……」と、もととなった「神と一緒に」を検索した私は、腰を抜かしました。

 

 

作画が……似ても似つかないな!?!?


もちろん原作の絵柄には原作ならではの味わいがあるのですが、まさかここから、

このビジュアルの映画を繰り出してくるとは……。

 

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というわけで、ツイートでもめちゃくちゃ絶賛しておりますが、ビジュアルが本当にやばい。かっこよくて美しい俳優たちが、スタイリッシュな衣装をまとって、一ミリのてらいもなく、とことん深く役をつくって、「冥界の使者」「地獄の大王」などを演じきっており、1シーン1シーンうっとりしますし、そのプロフェッショナルぶりに、「とうとい……」という感謝を述べたくなります。

パーティーの紅一点ながら「弁護士」という大事な役割をキュートにこなすドクチュンちゃんを守ってあげたくなりますし、閻魔大王を演じるイ・ジョンジェのやはりキュートな……いや、かっこよさも半端ないですし、一番ベテランなのに冥界法をバンバン破って外界に介入しまくるカンニムを演じるハ・ジョンウもやべーーーのですが、観終えてからひたすら画像を検索し続けてしまったのは、口先では調子に乗りつつ「俺は来世では韓国第二位の財閥の御曹司になるぞ」とうそぶきながらも、カンニム先輩のみをあんじているオラオラクール系使者ヘウォンメクことチュ・ジフンでした。

 

 

 

 韓国の俳優さんで造形の好きな人いっぱいいて、たとえば去年日本で公開していた「不汗党」に出ていたイム・シワンさんとかも本当に好きなんですが、こんなにかっこいい人今まで見たこと合ったっけ?????と思っていたら、どうやら2008年ごろに公開していた「アンティーク〜西洋骨董洋菓子店〜」の韓国映画版で、見ていたはずっぽい。でも、年齢をかさねてあらゆることが円熟し、スタイルや顔つきも今がめちゃくちゃかっこいい気がする……!し、そもそもそんな人(今年35歳)が「冥界の使者(ちょっとやんちゃな若頭系)」を全力でやってくれてるのがうれしいんだよ〜〜〜〜〜。

というわけで、ロングコートをたなびかせる異常にスタイルのいい男たちが観たい人、絶対観てほしい。

脇をかためるその他キャストも、むちゃくちゃ良かったです。ヒット御礼の下記集合写真、あまりにもかっこいい。

 

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3)ベタな設定、過剰な世界観にしっかりと説得力をもたせるVFX

ストーリー、キャストが良くっても、この手のファンタジーは「あ、予算ないのかな……」な安っぽさが見えてしまうと、一気に崩れてしまいます。

「神と共に」の地獄はちゃんとお金かかってる!!!!

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静止画だと伝わりにくいかな……と思いつつ。本編、動きがあっても本当に違和感がなく、7つの地獄が顕現しており、そこでキャストたちが生き生きと動いており、素晴らしかったです。砂漠の地獄とか、氷山の地獄とか、道中の「剣樹林」とか、とにかく過酷でどでかい自然がバラエティゆたかに出てくるのですが、どれもすごかった。ちなみに「新感染」の美術監督が、今回美術担当しているそうで。すべてをCGで解決!としてるわけではなく、たとえば先に挙げた「剣樹林」に関しては、40日間かけて、600トンの土を使って作り上げたらしい……。そこまでしなくても、といいたくなるが、そこまでしただけの世界が出現していて、それを観させてもらうだけでも価値がありました。

こういう地獄のテーマパークがあったら、ちょっと行きたいかもしれない……とすら思いました。

 

4)「あのシーンまた観たいな〜〜」と思わせる、各アクションのてんこ盛りさとかっこよさ

きっちりお金と手間をかけて作り込まれたVFX、とも関連するのですが、アクションの見せ所もしっかりとあって、その点でも楽しめました。地獄での、怨霊や地獄鬼たちとのファンタジックなアクションももちろん良かったのですが、下界パートでの名探偵カンニムリーダー編では、現代フィールドならではの戦いや肉弾戦があって、それが良かった。なにせ、カーアクションまであったし……。「こんなにサービスしてくれなくてもいいんですよ!?」と謙遜してしまうレベルのてんこもり感でした。殺陣におけるロングコートのひらめき方も本当によかったのだが、アレはなんらかの指導があったのだろうか。

5)原作の魅力をしっかりと生かしながらも、大胆に再構築するメディアミックスの手腕

キャストの項でもふれているのですが、「神と共に」と原作「神と一緒に」は、かなり雰囲気の違う作品です。

LINEマンガで無料公開されているのでわかりますが、ほんわかデフォルメされたタイプの、あまり繊細な動きがあるわけではない絵柄(これも味はあって好き)と、キャラクターたちの会話によって、比較的淡々と冥界のシステムが紹介・展開され、そのテイストは非常に近代的。

 

https://manga.line.me/product/periodic?id=Z0000258

 

「死者は3人の使者に導かれて地獄へと行く」「49日間かけて、大王たちから裁判を受ける」「怨霊の原因を探りにカンニムが下界に降りる」といった要素は、映画とも一致してるのですが、たとえば地獄に行く際に使われるのが「地下鉄」だったり、裁判に同行するのは、使者ではない単独の「弁護士」だったり、さらには、他の亡者たちも道中じゃんじゃん出てきて、主人公(ジャホン)の道中と、他の亡者たちとを比較した描写が展開されたりします。しかもジャホンが「貴人」という設定はなく、彼が各地獄を越えていくうえでは、弁護士・ジンのこまやかな機転が展開されて、その機転こそがマンガ版の一番のおもしろさとなっています。システムと、そのシステムをハックする機転、がポイントなので、絵柄の素朴さはむしろそれとマッチしているなあと思います。

なので、このマンガがヒットした理由も全然わかるし、これ単体で読んでもまったくおもしろいのですが……それをそのまま映画にしても、多分ここまでヒットしなかっただろうなと思います。

ビジュアルをしっかり作りつつ、原作のストーリーに「貴人の輪廻転生とかかわっている使者の利害」「冥界パートと下界パートを絡まりあわせる、ジャホンの家族の謎」「その謎を追うことで見えてくる、使者たちの葛藤」という要素を、スパイスというにはこってりすぎるやろ!というくらいに盛り込んで、きっちりと回収しきるという大胆な再構成を成功させている、というのが、原作を読むことでわかり、それによって映画版に対しての愛着もひとしおわいた次第です。

ちなみに、原作の絵柄だと読み進みづらいな〜〜という方、日本で出版されている三輪ヨシユキさん作画の「神と一緒に」がとってもおすすめです。こちらはちょっとした改変はありつつも原作準拠で、全4巻でサラッと読めます。

 

神と一緒に 1巻 (デジタル版ヤングガンガンコミックス)

神と一緒に 1巻 (デジタル版ヤングガンガンコミックス)

 

 

6)リーダーなのに勝手に単独行動かましたうえに、困ったときに「ヘウォンメク〜〜!」と呼んじゃうカンニムの、想像を絶する愛くるしさ

キャラもいいけど関係性もいい。多くを語るとストーリーのネタバレにもなっちゃうな〜〜〜と思うので、とにかく劇場に行ってもらえると……。

 あんなかわいい二人や、こんなかわいい二人が観れます。すでにもう観たい。

7)ヘウォンメクの「人間じゃないのでは???」とマジで不安になるレベルのハイパースタイル

はい。

 

 

というわけで、「7つの地獄」になぞらえて、7つ挙げてみました。

5月24日(金)から日本で公開している本作。現在都内では3つの映画館、都心では「ピカデリー新宿」の大スクリーンで展開しているのですが、わたしの行った回はあんまり客入りが良くなかった……。2部作完結で、すでに「第2部:因と縁」の公開も6月28日で決定しているので、自分が観るぶんには全然困らないのですが、できたらもっと多くの人がこのど直球娯楽映画を楽しんでくれたらいいな〜〜〜そして萌えを分かち合おうぜ……という気持ちでいっぱいです。

映画の日だし、何か観たいと思ってた」というあなたも、「美しい男が好き」というあなたも、「5月病を打破したい」というあなたも、良かったら足を運んでみてください。私も、今週もう一度行きます! そして第二章楽しみだ〜〜〜〜!

 

 

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彼女たちは軽やかに踊り続ける――「岡上淑子 フォトコラージュ 沈黙の奇蹟」展

原美術館東京都写真美術館横浜美術館京都国立近代美術館など、どんな展示がやってるかにかかわらず、定期的に足を運びたくなる美術館がいくつかあるんだけど、そのうちの一つが、東京都庭園美術館だ。

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目黒駅から徒歩5分ほどの距離にあるこの美術館は、都内にはめずらしい広大な緑地である自然教育園に隣接していて、名前どおり広い庭園も持ち合わせている。

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ちょっと都会の喧騒から離れたいなというときにとてもぴったりなロケーションなのです。

そして何より、建物じたいが最高。

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パリに遊学してアール・デコ様式に魅せられたという朝香宮夫妻の邸宅をつかった旧館が本当に最高で、展示の内容いかんにかかわらず、とにかく訪れたくなってしまう。

もちろん展示のラインナップも素晴らしくて、行くたびに、美しくて静謐なものに出会わせてくれる。2017年の並河靖之七宝展はかなりよかったです。

www.teien-art-museum.ne.jp

 

というわけで、「そろそろ庭園美術館に行きたいな〜」と思ってるときに見かけたのが、こちらの展示の告知。

bijutsutecho.com

岡上淑子というアーティストのことも、コラージュのなんたるかもほとんどわかっていなかったけれど、メインビジュアルの静謐だけど不安になる美しさに惹かれて、展示初日に行ってまいりました。

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結論からいうと、「美しいものとふしぎなものが好きで、なんとなくさみしさを感じてる人間はみんな見て」という感じ。

「切り貼りって、ちょっと練習したら自分もできるんじゃないかな」「いろんな雑誌からのコラージュということだけど、そんなの元の写真が美しいから美しいのでは」といった安直な考えは、コンマ1秒くらいですぐに吹き飛び、淑子がつむぐこの世ならざる世界にすっかり幻惑されてしまった。

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淑子のコラージュのすごいところは、違う現実と違う現実をつなぎあわせて異界をつくりだしているところの違和感はあるけれど、紙と紙とをつなぎあわせているテクスチャとしての違和感は全然ないところ。画面はすみずみまでなめらかで、明らかにこの画面にいるべきではないものたち、明らかに上半身と下半身で断絶しているものたちなどがひしめきあっていても、では実際どこからどこに境界があるのか、みたいなものがわからないのである。テクスチャとテクスチャのなめらかさゆえに、絵ぜんたいが一瞬脳裏にすっと「こういうもの」として入ってきそうになるんだけど、「いやいやいや」ってなる感じが、きもちよくてこわい。「魅入られる」という言葉がふさわしい作品ばかりだった。

農林水産省の役人の娘に生まれ、戦中の東洋英和女学院での学びを経て、1950年、文化学院デザイン科に入学した淑子。「ちぎり絵」の課題の際に、女の頭だけが切り取られた紙片を見てインスピレーションを得て、そこからコラージュ制作に打ち込むようになったらしい。初期作品ではシンプルな色紙のうえに、人体が分解・接続されてはられているようなイメージが多かった。

彼女の才能が開花したきっかけは、シュールレアリスト・瀧口修造との出会い。淑子の作品に感銘を受けた修造はとにかく「つづけなさい」と話し、マックス・エルンストのコラージュ作品を淑子に見せて、彼女にシュールレアリスムの薫陶を与えていく。瀧口修造から淑子への手紙、本当に才能に心酔し、相手のためになるよう心を砕いているのが見えてよかった。あと文字がかわいかった(笑)。

この瀧口の手助けもあり、淑子は、コラージュを行う台紙にも、単色ではなく、複雑な背景が描かれたものを利用するようになり、結婚を機に制作を遠ざかる1956年まで、奥行きと幻惑性、そして意味のより多層化した作品を生み出していくようになる。

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展示は旧館で展開される「第1部 マチネ」のあと、新館の「第2章 ソワレ」へと続いていく。「マチネ」では淑子自身の資質や、純粋な淑子らしさの見える優雅な作品を見せたあとで、「ソワレ」では時代への風刺が大きく取り入れられた作品――「予感」「戦士」「イブ」など、戦争から復興を過ごした淑子自身と、そこから高度経済成長期へと移行していく日本全体の経験がモチーフとして盛り込まれた作品がたっぷりと展示されている。

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単純にすべてを時系列に並べるのではなく、アーティスト個人を知れる作品をじっくり見てから、彼女が時代にどうアプローチしたか、どう影響を受けたかが伝わる作品を見せてもらえたのが、初心者にもわかりやすくて、非常に良い構成だなと思った。ところどころに展示されていたディオールバレンシアガのオートクチュールもむちゃくちゃ良かったです。

 

おもしろかったのは、風刺色の強い作品になるほど、むしろ女性は女性らしい顔と肉体を持つものとして、画面に存在するようになっていったこと。

メインビジュアルでも使われている「夜間訪問」のように、「マチネ」の作品には頭部がすげかえられた女性(のようなもの)が多数登場していた。そして彼女たちは、この世にまったく興味のなさそうな無貌(かお)をしていたのだけれど、「ソワレ」に出てくる女たち――顔がないもの、顔が別のものになっているものもいるが――は、明らかにこの世をまなざし、翻弄するような意図を見せていた。ヌードも多かったし。

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そのかわりに顔をうしなっていったのは、男たちだ。文字通り顔をすげかえられている男も多かったし、上の「イブ」のように、固有性をうしなった者たちも多かった。

「マチネ」で展示されている「海のレダ」という作品には、こんな淑子の言葉が添えてあった。

 

「女の人は生れながらに順応性を与えられているといいますが、それでも何かに変っていく時にはやはり苦しみます。そういう女の人の苦悩をいいたかったのです。(『美術手帖』1953年3月号)」

 

「マチネ」の作品たちは、すでに作品としてできあがっている写真を切り貼りして再構成するという「自由」を楽しんでいるように見えて、どこか窮屈さを抱いている(あるいは窮屈さを表現するために自由を行使している)ようにも思ったのだけれど、「ソワレ」の作品たちにはそこを越えて軽やかに生きる意思のようなものが感じられて(時系列はかならずしもマチネ→ソワレではないのですが)、「沈黙」どころか「雄弁」なんじゃないかとすら思えて、私にはとても心地よかった。

 

 本人が創作活動から遠ざかっていたのもあり、美術界からも忘れられていたという淑子が再評価されたのは、1996年以降のこと。もっとも盛んに活動していたころから40年って、すごい長い。でも、そこからは淑子の作品は頻繁に展示されるようになっていて、今回が6〜7回めくらいのよう。そして本人もご存命。91歳らしいです。すごいなあ。

わたしは大器晩成というか、歳とってから評価されたタイプの女性にすごく勇気をもらうので、なんかそういう点もうれしくなっちゃって、ミュージアムショップではいつも以上に大量のグッズ購入を行ってしまった。だって、ポストカードいっぱい売ってるし!

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美しいものとふしぎなものが好きで、なんとなくさみしさを感じている方、ぜひ行ってみてください。

痛みは反復されて、痕になるーーソフィ・カル「限局性激痛」展

ずっと東京に住んでいるわりに品川駅で降りる機会がほとんどない人生を送ってきたのだが、新年早々、そのあまり縁のない場所に行く必要ができた。

 

原美術館で1月5日よりスタートした、ソフィ・カル「限局性激痛」展をみるためである。

 

bijutsutecho.com

 

ここ数年は意識的に美術館を訪れるようにしているが、別に美術の素養があるわけではないので、ソフィ・カルの名前を知ったのは、この展覧会の報がきっかけだった。だから、「ふーん」とそのままスルーしてしまう可能性もあったのだけど、とくにセンスを信頼している知人が記事をRTしていたのと、身体の狭い範囲を襲う鋭い痛みや苦しみを意味する医学用語である「限局性激痛」という言葉(一周まわって「いかにも」感もあるが)と、女性が微笑んでいる写真に押された謎の赤いスタンプが妙に印象的で、しかも失恋体験を作品にしたものだと知って、俄然足を運んでみる気になった。

 

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かつてーーというか3年ほど前、私も失恋をめぐる狼狽行動によって周囲にはちゃめちゃに迷惑をかけたことがあり、そのときにいろいろ「別れのコンテンツ」を摂取していたので(わかりやすい例でいうと、よしもとばなな『デッドエンドの思い出』とか)、そこで表現されるものに、非常に興味があったのだ。「一体これまでに見たことがないどんなやり方で、失恋が表現されているのだろう」(そんなことがありえるのか?)という、やや猜疑に近い気持ちもあったかもしれない。

 

結果として、わたしはソフィ・カルにすっかりメロメロになってしまい、今回の展覧会のカタログだけでなく、関連書籍をばかすかと買い、ミュージアム・ショップで12,000円もの散財をしてしまった。

 

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一冊4000円くらいするので3冊買っただけで12000円くらいになった

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でも、小口含めて、デザインが超かわいい


最初に紹介した美術手帖の記事にも書かれているが、「限局性激痛」の展示は、2部構成だ。第一部では、ソフィが当時つきあっていた恋人から振られるきっかけになった、日本留学の旅の92日間が、ポラロイドや手紙と、それに付随したテキストで示されている。額に入れられたポラロイド・メモ・手紙は、純粋にその時々の旅の経過であったり、ここにいない恋人への甘い独り言だったりして、それ自体からはまったく「失恋」は透けていない。しかし、すべてに「92 DAYS TO UNHAPPINESS」「91 DAYS TO UNHAPPINESS」という赤いスタンプが押されており、否応無しのカウントダウンが暗示されている。最初は目の前の一つ一つの額縁とテキストに向き合っている鑑賞者も、日を追って見えてくるソフィの気性や、途中で出現する恋人からの手紙によって、次第に「0日目」を意識させられ、いったい何が起こるのだろうと、固唾を飲んで歩を進めるような立て付けになっている。

 

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カタログだと、フランス語で「DOULEUR(痛み)」とスタンプが押されてますね

 

あまりにも唐突な幕切れを迎える第一部は、それだけでも十分に物語として成り立っているのだけど、展示はこれで終わらない。2階に上がると、そこにはソフィが「0日目」を迎えたニューデリーのインペリアル・ホテル261号室が再現されていて、そこから第二部ーー人生で初めてのあまりにも耐えがたい痛みをソフィが日々反復していくさまと、それと同時にソフィが収集した、他人の耐え難い痛みの話とが、交互におりなされるーーがはじまるのだ。

 

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左がソフィの反復パート、右が他人の不幸パート。

 

原美術館はそこまでおおきな美術館ではなく、ソフィ・カルの展示も、分量が膨大というわけではないのだが、写真以上に、テキストが重要な役割を果たしている展示であり、しかもその一つ一つが(第二部の反復では、それぞれにわずかな差分しかないにもかかわらず)非常におもしろかったので、ついついじっくり読み込んでしまい、見終わるころには1時間半ほど経っていた。ほんとうに濃密で、いつのまにかソフィの頭のなかーー心のなかかもしれないけれどーーにある大きな虚(うろ)のなかに、閉じ込められてしまったような気がした。

ソフィ・カルは特別に魅力的で特別に独創的な人だけれど、失恋を通じたソフィの痛みは(本当に一切が実際に起きた出来事なのかはあやしいものではあるが)、まったくありふれていて、非常に陳腐で、これまでに誰しもが、何度も見たり経験したりしたことのあるものだった。失恋を「こんな痛みは今まで感じたことがない」と考えることも、つらくて耐えきれなくて誰かに何度も話すということも、きっとかなり多くの人にとってなじみのある出来事だろう。

しかしソフィ・カルがやはり特別に魅力的で独創的だと思うのは、その、本人にとって「固有」な体験が時間とともにあいまいになっていくさまを、誰よりも徹底的に、ほんとうに完膚なきまでに徹底的に「反復」させてみることで、痕跡としてのこし、鑑賞者ひとりひとりの痕跡と共鳴する装置のような展示をつくりあげてしまったところだ。ここまでやられたら誰だってかなわない。純粋に、すごい試みだなあと思った。言ってみれば、壮大なリストカットではあるのだけど。いっしょに行った友達が「現代アートって、じつは敬遠していたんだけど、今日のは『わかった』し、よかった」と言っていたのも、うれしかった。もちろん安易にはわからせてくれないアートもおもしろいけれど、やりたいことが明確で具体的で、でも古びないほどに普遍的で、そこも良かった。


あと、ほんとうに文章がうつくしい。言葉選びがあざやか。原文で読むとさらに素敵なのだろうか。日本語しか読めませんが……。思わず会場でメモってしまったくだりを一部引用しておく。

 

エレガントで、でも気取っているわけじゃなく、何気ないけれどシックで、わたしを引き立たせ、あなたがいなくてどれだか寂しい思いをしたか分かってもらえて、でもあなたがどうしてもいなければならないというほどでもなく、それどころかあなたと遠く離れていたわたしが美しく、成熟したことを見せつける服。わたしにまた会えてあなたが幸せだと感じられるような服、そして、そうよ、私が戻ってきて、結局良かったと思わせる服…。第一印象が決め手だから。

 

とはいえ、彼女のバランスは、なかなかに乱暴なものでもあるのは事実である。第二部では、「反復」の合間に、彼女が聞いたという他人の「最も耐え難かった痛み」の体験が挿入されているわけだが、これが「自分より不幸な人の体験を聞いて、自分はまだマシだと思う」というある種のリストカットマウンティングに、ギリギリならずに済んでいるのは、緻密な計算というよりもものすごい荒業なのかなという気がしないでもない。

展覧会から帰ってきて読んだ、2016年に「限局性激痛」展の後半だけを見た人のエントリが、そのへんを非常にわかりやすく書いていた。

 

yzgz.hatenablog.com

 

それにしてもとにかくソフィ・カルが好きになってしまったので、あと1〜2回は足を運びたいなと思っている。みなさんもぜひ行ってください。3月までやってるよ。

この5年間、元旦に観た映画を振り返る

新年あけましておめでとうございます。

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2017年〜2018年の年末年始は祖父が亡くなったばかりで「おめでとう」というのも言いづらく、身も心もバタバタしていて、何やっていたのか全然覚えていない……。

まあ実家も近所だし、親戚も少ないので、社会人になってから大したことはとくに何もやっていない年末年始なのですが、この5年ほどルーティンにしていることがあります。

それは「元旦に映画を観る」ということ。

もともと、社会人になるまで、劇場に足を運ぶのは年3〜4回ほどだったわたし。毎月1日が「映画の日」というのを知ったのも、本当にここ最近です。そのうえ1月1日も映画館って結構やっていて、しかもサービスデーなんだ!というのを知ったのが2014年のこと。友達と元旦に初詣する約束をしていて、他にどっか行こうか〜と調べているときに思いついたのが「元旦に映画を観る」だったのでした。だって、元旦って、ほとんどのお店おやすみしているし、遊びに行けるようなところはだいたいめちゃくちゃ混んでるし、疲れるじゃないですか。とはいえ、親戚行事もないのに家にひきこもっているのもなんだか息苦しい。でも、元旦に映画館で映画を観るようにしたら、事前予約で席が確保されているし、ふらっと行ってもそこまでは混んでいないし(元旦に映画を観る人は思ったより多いが、めちゃくちゃ多いというほどではない)、ゆったり時間を過ごせるし、「なんかやった」気分になれるし、毎年元旦に映画を観ると決めておくと、なんだかちょっとした「イベント」感があって楽しいのです(いや、元旦自体がイベントなんですけどね……)。

というわけで2014年から元旦に映画を観始めて、かれこれ5年が経ちました。せっかくなのでここまでに元旦に観た映画を(覚えてるうちに)振り返ってみようと思います。

 

2014年元旦

かぐや姫の物語新宿ピカデリー

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元旦に映画を観ようというところから思い立ったのではなくて、もしかしたら元旦じゃないと「かぐや姫の物語」の席があいていなかったのかもしれない……。もう公開から5年経つことが信じられないくらい、あざやかで心苦しい映画。昨年10月に出た拙編著『だから私はメイクする』では、宇垣美里アナがタイトルをあげていました。


ブリングリング(新宿シネマカリテ)

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ものすごーく観たかったという記憶はまったくないのだが、2014年は調子に乗って「せっかく安いんだから2作品はしごしよう!」として、ちょうどいい時間にやっている作品を探した結果、「ブリングリング」にたどりついたんだった気がする。いや、もしかしたら「かぐや姫の物語」で思いの外悲しくなってしまったので、それを払拭したくて景気の良い映画を観たかったのかも……。ティーンエイジャーたちがハリウッドセレブの留守を狙って金品を盗みまくるというスタイリッシュムービーで、エマ・ワトソンが主演という鳴り物入りだったけれど、日本ではあんまり話題にならなかった気がする。「オシャな気分になりたいぞ!」と思って観たけど、スッキリ爽快気分になる物語ではなく、もっと後味の悪い終わり方をしたので、「そうか……」という気持ちで家に帰った記憶がある。エマ・ワトソンはめちゃくちゃかわいいし、セレブの家はめちゃくちゃゴージャスだし、好きは好きです。きわめて単純に比較しますが、同じティーンエイジャー犯罪系でいうと、「スプリング・ブレイカーズ」のほうがぶっぱなしていて楽しかったかな……。

 

2015年元旦

ベイマックス(T・ジョイ京都)

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実は2015年の時点では、「元旦に映画を観続けるぞ!」とは思っていなかった。なぜならば、この年の年末年始は、インターネットで知り合った女子大生の家に転がりこみ、京都で年越しを試みていたからである。人の家で手作り料理を食べさせてもらい、ジャニーズのDVDを観て、知恩寺に鐘を鳴らしにいく正月はめちゃくちゃ楽しかった。

めいっぱい遊んだあとは元旦の夜に夜行バスに乗るつもりだったのだが……バスの時間を間違えていたんだっけ、それか夕方くらいに思いついたのかもしれないが、京都駅そばのイオンにある「T・ジョイ京都」で急遽ベイマックスを観ることにしたのでした。

いや〜〜〜泣いたよね。めちゃくちゃ泣いたよね……。夜行バスで泣いている変な人になっていたと思います。元旦をベイマックスで始められたというのは、なんだかめちゃくちゃいい年っぽいし、人と人との思いやりみたいなことを考えながらバスにゆられていたと思うのですが、実際にはこの数日後くらいに当時付き合ってる彼氏ともめて別れ、その後もさまざまな動乱に見舞われた記憶があります。っていうか、よくよく考えたら、年末年始にわざわざ京都に行って年を越したのも、クリスマスくらいからその相手に対してモヤモヤをかかえており、「年末年始に相手と会えない距離にいたい」と思って、逃亡したからだったのを思い出してしまった。元旦に観た映画は、とくにその年の人生の指針にはならない。

 

2016年

きみといた2日間(新宿武蔵野館

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このあたりから、「元旦に映画観つづけよう」というモチベーションが生まれている気がする。この「きみといた2日間」は、すーごく観たくて予定をあけていたというんじゃなくて、武蔵野館に別の作品を観に行ったときに見かけて気になっていて、結果として元旦に観たんじゃなかったのかな。

邦題は「きみといた2日間」というめちゃくちゃ感動ものっぽいテイストになっていますが、英題「TWO NIGHT STAND」からわかるように、実はこれ、出会い系アプリで知り合ってワンナイトスタンドするつもりだった二人のラブコメです。

ワンナイトで割り切った関係をするつもりで、実際事後も「なんか噛み合わねえな」と思っていた二人が、吹雪の影響で家から出られなくなり、もう一夜を一緒に過ごさないといけなくなってしまって……というお話。「セッション」だとひたすら耐え忍んでいる鬱屈な青年だったマイルズ・テラーがさわやかな笑顔を見せたりします。何より主演のアナリー・ティプトンが独特の美人でかわいかったな。

2015年は後半あたりから、情緒がはちゃめちゃに破壊される恋愛などがあり、「BLもJ-POPも無理……なぜならば愛とか恋とかばかりを描いているから……愛や恋のないセカイに行きたい……」と、BLとJ-POPを一切排除する暮らしに転がり落ちていたのですが、その後の年越しでは、酒飲みの男友達とアメ横御徒町のビアバーでがばがばに飲んで酔っ払いすぎてゼロ年代ギャルゲーの話などで盛り上がったあとカラオケに行き、「おそ松さん」EDを熱唱をしたりされたりしたあと、アメ横の昼飲みの名店「たる松」に行けるかな〜と思ったらさすがにやってなかったので解散して、私はその足で川越氷川神社(復縁で有名です)に行って、恋みくじを引き、さらにその最寄りにある占い師のところに占いしてもらいに行って、なんか逆にすべてがどうでもよくなってきて、夜に「きみといた2日間」を観たんだった気がします。それにしてもオールしたうえで川越行って戻って映画観るって、すごく元気だな、27歳のころの自分……。今は無理。

 

2017年

シング・ストリート 未来へのうた(ギンレイホール

 

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この年も、Twilogによれば湯島天神に初詣して年越ししている。

で、たぶんそのまま上野〜御徒町あたりで飲んでオールしたのですが、その過程でメイクポーチを忘れて、それを取りにもどった元旦だったことまでTwilogに残っている……優秀なライフログだ。

このあたりから元旦映画だけでなく、年越し飲んだくれ→元旦映画のフォーマットができあがってきていることがわかります。そして2017年の元旦には「永い言い訳」が観たい!と決意していたのですが、朝の上映回しかなかったために、酒飲んだあとでは厳しいと思って諦めたらしい。結果、観ることになったのが「シング・ストリート」。あまり前評判も、監督の前作も知らず、とにかく元旦に観れる映画として観に行ったようなのですが(元旦に営業してくれる名画座、ありがたすぎる……)、めちゃめちゃめちゃめちゃ良かった。過去の「元旦映画」(という自分独自のくくり)のなかでは、一番良かった可能性がある。本当に脱出口のない掃き溜めみたいな人生を送っている(と絶望している)主人公が、音楽と恋のちからでみるみるエネルギーにあふれていき、でもそれでも人生はうまくいかなくて、本当に本当にめげそうになるんだけど、そこで現実を受け入れるような終わりにするんじゃなくて、むしろ「えーそんなのアリ!?」と驚くような、ちょっと非現実的な(でもギリギリ現実にあってほしいなと思える)展開をもって幕を閉じるので、観ているこちらも、実は自分も知らぬ間にいろんなことを諦めていたかもしれないな……とハッと胸の奥のわだかまりを突かれて、たまらない気分になるのでした。とにかく音楽も素晴らしい。Amazonプライムなどで観れると思いますので、おすすめです。

永い言い訳」は結局1月2日は二日酔いで観に行けず、3日は完売で観られず、7日に観に行きましたが、こちらもスーパーだいすきな一作です。

 

2018年元旦

ゴッホ 最期の手紙(新宿シネマカリテ)

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2015年、2016年、2017年は一人で気ままに映画を選び、観ましたが、2018年は、人と約束をしておりました。なので「ゴッホ 最期の手紙」は完全に自分の趣味というわけではなく、一緒に行く人と相談して決めたんだった気がする。「ユダヤ人を救った動物園」と迷ったんだったような。

まわりの評判が良かったので気になっていたという感じで、自分に合うかどうかはまったくわかっていなかったのですが、観たら、なんかもうすごかった。どういう映画なのかほとんど知らずに行ったら、上映時間中すべての映像が手描きの油絵アニメーションだったという。125名の画家たちが長期の特訓でゴッホのタッチを完璧にマスターし、本編では1秒に12枚の油絵を撮影、62,450枚もの油絵が使われていたらしいですよ。そんなん、つくってる間にだれも発狂しなかったの!?とふるえそうになりました。「ゴッホ 最期の手紙」はゴッホのさまざまな絵画のモチーフを扱いながら、ゴッホ自身の人生の謎に迫るというものなので、ゴッホのタッチでゴッホや実在の人々が登場するのですが、エンドロールのあとにその人たちの写真や、ゴッホが描いた人物画が出てきて、それもなかなか圧巻でした。

作品の性質上(字幕をかぶせられないので)吹替版のみの上映でしたが、なみいる声優さんたちが囲むなか、主役のアルマンを演じた山田孝之さんの演技も非常に良かったです。油絵に声当てるの難しいよね……(笑)。

なんか、世界にはまだまだ存在していないようなタイプのコンテンツをつくろうと頑張っている人たちがいるんだなあすごいなあという感想を抱いて、刺激を受けた記憶があります。そういう意味で、元旦に観られて非常に良かった映画。

 

2019年元旦

おとなの恋は、まわり道(新宿武蔵野館

 というわけで、今日も観てまいりました、映画。「ファンタスティック・ビースト2」とか「アリー/スター誕生」とか「来る」とか、いろいろ気になっているものはあったのですが、元旦はなんだかミニシアターの気分だなあ……(極力人の少ないところに行きたい&忙しいと足をのばさないかもしれないものを観たい)と思って、新宿武蔵野館に行くことに。今年も友達を誘って湯島天神にお参りはしていましたが、オールはせず、昼間は家であたたかくしながら仕事の原稿をしあげたり、とどこおっていた取材依頼を出したり(元旦に出すなよ感ありますが…)、ブログを書いたりしており、酒のはいっていない状態で映画館に向かうことができました。終わったあとも酒を飲まずに家に帰った。4年ぶりくらいのシラフ元旦です。

近年は「ジョン・ウィック」シリーズに時間と体力を傾けているキアヌ・リーブスさんがなぜ急に今になってラブコメに!?という観点から気になっていたのですが、かなりひねくれたキャラクター2人の掛け合いが90分延々と続く(他の役者も出てくるが一切しゃべらない!)という独特の構成で、西尾維新の小説(キャラクターが延々とひねくれたことをしゃべる)が好きなタイプのオタクであるわたしには、とてもおもしろかったです。映画サイトの記事によると「脚本を気に入ったウィノナがキアヌに送ったことで実現」したらしい。なるほど〜〜〜。実生活でもかなり独特のライフスタイルで知られるキアヌ・リーブスが演じる独特の偏屈男、めちゃくちゃかわいくて最高でした。キアヌ萌え映画……。「きみといた2日間」同様、邦題はほっこり系なんだけど、原題は「Destination Wedding or Narcissist Can’t Die Because Then the Entire World Would End」という非常にひねくれたものだったので、それもまた良かったですね。「リゾート婚」のことをDestination Weddingと言うことも知っておもしろかった。

とにかくひねくれた皮肉の応酬の連続でそれがおもしろかったのに、小難しいワードが多いのもあってか、英語を聞き取れなかったのが非常に悔しかった。新年早々、もっと英語聞き取れるようになりたいな〜〜〜と思う一作でした。

 

 

というわけで、作品を振り返るつもりが気づいたら、自分の年末年始プラスアルファも微妙に振り返っていた……。こうやって作品にひもづいて記憶が呼び起こされるのも、元旦に映画を観ることのメリットではないでしょうか。まあ別に、ちょっとくらいずれていてもいいと思います。明日1月2日は水曜日、すなわちレディースデーですので、レディーのみなさんは、明日から「映画はじめ」してみてはいかがでしょうか。わたしも、この休み中にあと2本くらいは映画観たいな〜。

 

2019年も、楽しくコンテンツにまみれて生きたいものです。