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それは暴力の話−−「初恋と不倫」第二夜『不帰(かえらず)の初恋、海老名SA』観ました

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太賀&松岡茉優、映画館で上演の「不帰の恋、海老名SA」で朗読劇初挑戦 : 映画ニュース - 映画.comより

 

人生には3つの坂があるという。

「上り坂、下り坂、まさか」である。

このフレーズが大きなテーマとなっているドラマ「カルテット」を、私はとても楽しく鑑賞して、放映当時は毎週火曜日テレビの前に張り付きながらTwitterでギャーギャー言っていたものだった。まだ今年の話なんだなあ、ずいぶん前のことに思える……。

「カルテット」を本当に本当に楽しく観たことで、坂元裕二さんという脚本家の名前は、私の脳裏に強く焼き付けられた。しかし、「最高の離婚」や「問題のあるレストラン」なんかも時間があれば観てみたいな〜〜と思い続けて、はや半年近く経ってしまった。

そんなとき、書店に並んでいるのを発見したのが「往復書簡 初恋と不倫」。どうやら6月には発売していたようだが、最近自分の本(『浪費図鑑』)を販売していただいている書店を観察に行くアクティビティをさかんに行っているうちに、その存在に気づいたのだった。

クリーム色のなめらかなその本を手にとって、ぱらぱらとめくる。表紙に「往復書簡」とあるとおり、収録された2篇は、どちらも男女が私信を往復するうちに物語が展開していく作品のようだ。書籍の末尾には「公演記録」なるものもついており、もともとは朗読劇として上演されたものの書籍化であることがわかった。

「朗読劇」だったということを知ってしまった私は、本をいったん平台へと戻した。朗読劇のために作られた物語、せっかくなら本を読まず、次に朗読劇を上演する機会に鑑賞してみたいと思ったのだ。「次」があるのか、一体「いつ」になるのか、まったくわからなかったけれど、なんとなく「次」はあるし、「いつ」だとしても行ける、そんな不思議な確信があった。

……という話、つまり「今一番気になってる本は『初恋と不倫』なんだけれど、あれってもともと朗読劇なんだよね? せっかくなら朗読劇のかたちで最初から鑑賞したいなと思っていて、本を買えずにいるんだよね〜。次があるかとか、いつやるかとか、別に知っているわけじゃないんだけど」というような話を、飲み会でちょうど「最近面白かった本」なんかの話をしてるときにふと持ち出したのが、9月6日、すなわち2日前のこと。

その話を聞いていた女、私が大学時代にチューターをしていた塾の生徒であり、やはり同じ大学に入って同じチューターのバイトを始め、さらに理系だったのになぜか文転して出版業界に入り、今は文芸編集として、鬼神のごとき活躍をしている女ーーが、「え、『初恋と不倫』朗読劇、明日とあさってに上演するんですよ!? と言うか、私、チケット余ってます」と言い出したのも、9月6日、すなわち2日前のことであった。

いやいやいや、まさか!?

「まさか!?」と本当に思ったんですけど、その女ーー黒髪で色白で大変楚々とした見た目ながら「大学時代のあだ名、『三大欲求の化物』だったんですよ」などと淡々と語るかっこいい女(いつもライター仕事でもお世話になっております。今後ともよろしくお願いいたします)ーーは、楚々とした見た目に似合わぬレシートまみれの財布に2〜3分手を突っ込み続けて格闘し、水色のレシート……ではなく、『初恋と不倫』朗読劇ーVOICE OF BOOKの立ち見券2,800円を2枚取り出して「明日とあさって、どちらのほうが良いですか?」と私に問いかけたのだった。

「いやいや、なんでそんなチケットが余ってるの!?」と仰天すると、彼女は「えへへ、余分にとってたら編集部の先輩とかにいい顔できると思ったんですよね〜」とうそぶいたのだが、編集部の先輩にあげる可能性のあるものを、そんな、レシートの渦のなかにつっこんでおいてよかったのだろうか?と思いつつ、せっかくなので、ギリギリ都合をつけることができた本日上演の「第二夜『不帰(かえらず)の初恋、海老名SA』」のチケットを譲り受けたのでした。

いや〜〜〜〜〜〜〜〜〜、マジでマジでマジで、くらくらするほど傑作で、本当によくって、本当に素晴らしくって、テアトル新宿から自宅まで呆然と歩いている時に見えた満月がいつもよりも輝いて見えて、雲を抜けて谷間から顔を出したばかりの満月を目で追いながらだんだんと早足になってきたところで、うっかりタクシーの前にまろび出てしまいそうになり、慌てて我に返るくらいに、本当に本当に本当に好きな舞台でした。

書籍では往復書簡形式で進行する第二夜『不帰の初恋、海老名SA』、舞台でももちろん、2人の男女による朗読の往復だけで進行します。書店でぱらぱらとページをめくった程度にしか内容を知らなかった私は、中学校でいじめられ無視されている男子・玉埜に、同じクラスの女子・三崎がある日手紙を渡し、最初はにべもなく彼女を拒絶し、「世界の終わり」のような顔をし続けている玉埜が、次第に彼女に心をひらいていく「初恋」を90分丁寧に描くものとばかり思いーーそして、果たしてそんな「初恋」で90分も持つのか?と勝手な心配すらしていたのですが、完全な杞憂でした、恥ずかしい勘違いでした、坂元裕二を舐めていました、みなさま本当にごめんなさい。

もちろん90分「初恋」の話であることには間違いないのだけど、初恋というのは思春期だけのものではなく、一過性のものではなく、それは一度巻き起こればその人のその後の人生すべてを支配してしまう可能性と危険性のあるものであり、人生が上り坂のときも、下り坂のときも、そして「まさか」のときも、その人の心のどこかに作用しているものなのであり、それはむしろ90分では到底語りきらないような、長さと深さをそなえた、川のような希望であり絶望なのだということを、今日の朗読劇で身をもって知らされました。つまり、初恋こそ暴力的なものもないのだ。

すべての言葉が素晴らしくて、しかしすべての言葉が日常的に使われているありふれた言葉ばかりで、でもそのありふれた言葉をこうやって緻密なディテールをもって構築することで、独特のリズムとおかしみと哀しみと、どこか遠い場所にある真理とが、そのなかにぼんやりと浮かび上がってくるんだよなあ、ここに何か真理がある気がする、私は今それを聞いている気がする、でもそれは日常的に使われているありふれた言葉ばかりで構築されたディテールでしかないような気もして、一体これは何なんだ、何の魔術なんだ、そんなことはいいからとりあえず、全面的に胡椒をかけたラーメンか、きゅうりにハチミツをかけてメロン味にしたものか、定食みかげのサバの味噌似を食べさせてくれ、ああ、帰ったら、早く購入した書籍をひらいて、心にのこったすべての言葉にマーカーを引こう、でもそんなことをしたらきっとこの書籍の全てのページが真っ黄色にそまってしまうのだろう、そんな、そんな気持ちでいっぱいになる90分でした。

松岡茉優さんのことは「桐島、部活やめるってよ」で拝見したときも素晴らしかったし、それ以降のご活躍もめざましく、本当に本当に素敵な女優さんだなあと思って遠目に見ていたのですが、今日の朗読劇で、その素晴らしさがもはやおそろしい域まで研ぎ澄まされているのだということを痛感し、本当に本当に好きになりました。

あと、Twitterでも書いたんだけれど、開演1分前にトイレに入ったら、水色のワンピースの大変美しくて顔の小さくて手足の細い女性が、鏡のなかの自分をきりりと見つめていて、「ああ、こんなに美しい人がいるんだなあ」と思っていたら、当然松岡茉優さんでしたね。本当に素敵でした。映画「勝手にふるえてろ」もとても楽しみにしています。

「世界の終わり」のような顔をしていた少年・玉埜を演じた大賀さんのことは、全く知らないつもりでいたのですが、かなりの数のドラマに出ていらっしゃるうえに、NHKの「駈込み訴え」とかに出ていたのか……。声の、少年のような青年のような、その間のような、透明なようなグレーなような、もっと違う色のような、色っぽさと硬さの配分が絶妙な感じ、すごい好きでした。30歳くらいの方なのかなと勝手に思い込んでいたので、24歳でびっくりした。

私は「朗読劇」というかたちで最初にこの物語にふれられて、キャストの声と、そのリズムと間合いとともに、この物語の進行を見守ることができて、大変よかったなと思っていますが、話自体も本当に本当に良かったので、みなさま是非書籍を手にとってみてはと思っております……。

 https://www.amazon.co.jp/dp/4898154611/rikoriko1110-22

 

のも、カルテットと同じテーマが、3ヶ月という長いスパンではなく、90分という時間に凝縮されて表現されていたから、どうしても今この瞬間はそのインパクトにやられてるのかなあとは思うんですけど。

まだ同時収録の「カラシニコフ不倫海峡」を読んでないし、それ以外のドラマもちゃんと見たことがあるものが少ないので、何かを語るにはあまりにも不勉強すぎるのだけれども、今回の「不帰の初恋、海老名SA」では「金槌で殴り殺すという行為と、誰かの前を通り過ぎるという行為は、等しく暴力なのである」ということを正面から描いていて、それはきっと「カルテット」にも、そういう言葉ではないかたちで表現されていた同一のテーマがあったなと思ったし、坂元裕二さんにとってきっとそれは、とてつもなく大きな、通底する根幹なんじゃないかなとも思った。

いずれにしても、早く、さあ早く、たまった洗濯物を干して、お風呂に入って、『往復書簡 初恋と不倫』を読むことにしよう。

 

※9月にnoteで公開したものを転載しました。この文章のなかでもふれた「勝手にふるえてろ」の松岡茉優さんもとても良かったので、その記念。