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飲みすぎないように文章を書く

存在しない“無敵の遊園地”ーー「東京BABYLON」感想

 

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東京・杉並区で生まれて、31年を過ぎた。

親の離婚もあり、首都圏内を転々として育ったから、思い出のある場所は少ない。引っ越した後も習い事のために訪れ続けた荻窪タウンセブンとか、中学受験中の癒しだった吉祥寺のアニメイトとか、「いま私が死んだら、この店の店員が真っ先に気づくのでは?」と思ったことさえある秋葉原とらのあなとか。記憶に残るのは、人生の一定の時期に通い詰めていた商業的な店舗が多い。しかし、大して足を運んだこともないのに、なぜだか懐かしさを感じさせられる建造物がある。

 

東京タワーだ。

東京民として誇りに思っているとか、デートスポットとしての憧れがあるとか、そういうことではない。自分が暮らす生活と地続きのものとして思い返すのではなく、私の、脳内にある魔都に存在し、人々の欲望や資本主義の魔術、その坩堝から生まれる愛憎や呪詛を一身に背負っている。私の脳内にこれらを植え付けたのは何かと言えば、『東京BABYLON』をはじめとする90年代の少女漫画群だ。

 

1989年に生まれた私が初めて触れたアニメであり、少女漫画誌を貪り読むきっかけになったのは、『美少女戦士セーラームーン』だった。武内直子原作のこの作品は現在フェミニズムやエンパワメントの文脈としても語られることがう増えてきたけれど、徐々に終焉を迎えていたバブル景気に対しての(基本ポジティブではあるが)アンビバレンツな空気をふんだんに含んでいる点でも、とても面白い作品だなと最近思った。何せ、妖魔が人々のエネルギーを吸い、うさぎを美少女戦士に目覚めさせた場所は、ジュエリーショップのバーゲンセールなのだ。幼稚園の時に視聴したアニメ第一話の、女性たちが鬼の形相でジュエリーを奪い合う姿の恐ろしさを、いまだに覚えている。

うさぎの家は麻布十番にあり、周辺のスポットが作中にも多数登場する。東京タワーは背景画に頻繁に現れるだけでなく、第一期の敵対勢力である「ダーク・キングダム」が、人々から奪った大量のエナジーを集めるためにも利用している。

 

セーラームーンを機に「なかよし」を購読し始めた私の心を次にときめかせたのは、そこで連載されていた魔法騎士レイアース』だった。

セーラームーンでは、「ダーク・キングダム」編以降、東京タワーへのフィーチャーは徐々に薄れていった、と思う。作品やキャラクターの主コンセプトは宇宙とか月なので、だんだん物語のスケールが東京よりも大きくなり、読者目線で言うと、東京と東京タワーにさほど気が取られなくなる、が正しいかもしれない。

それに対しレイアースは、異世界召喚ものでありながら、東京タワーが常に中心にあり続ける。メインキャラクターの女子高生、光・海・風は、社会科見学で訪れた東京タワーで偶然出会い、そこをゲートとして、異世界セフィーロに召喚されるからだ。CLAMPレイアースだけでなく、『カードキャプターさくら』『エックス』と、東京タワーを妖しく幻惑的な資本主義のエナジースポットとして描く作品を多数生み出している。彼女たちの作品を読み進めるうち、東京タワーに対する、おぞましいと同時にうっとりするような、奇妙な憧憬が、私の心に根付いていった。

 

さて、『東京BABYLON』である。

やはりCLAMPの初期作品であり、東京の街を古代メソポタミアの都市・バベルに、そして東京タワーを、神の怒りを買った建築物・バベルの塔にそのまま喩えた本作は、2021年に改めて読むと、心の中の、魔都TOKYO&東京タワーへの恋慕を凄まじくくすぐってくる傑作だった。

東京BABYLONは、東京を舞台に、日本を代表する陰陽師の跡取り・皇昴流(すめらぎすばる)が、人々の抱える愛憎や念によって生まれるサイキックアクションである。メインキャラクターは昴流であり、使命のために”自分”を持ってこなかった彼にとって”特別”な存在となっていく皇家に敵対する暗殺者集団・桜塚護を統べる桜塚星史郎なのだけれど、もう一人主人公をあげるなら、それは間違いなく「東京」だ。

 

日本の首都 東京〜TOKYO

  人口推定 11,923,346人

  昼の人口と夜の人口の差が

  200万人に上るという不夜城都市(むてきのゆうえんち)
(Vol.0 T・Y・Oより)

 

 

東京を「不夜城都市」と称し、そこに”むてきのゆうえんち”とルビを振るCLAMPのセンスには千回脱帽しても足りない。

昴流が依頼を受けて処理していく事件の数々も、実に、”資本主義の魔都TOKYO”的だ。単行本第一巻の最初に収録されている第0話では、セーラームーンの第一話よろしく、バーゲンで買われたスーツに怨念が集まった結果、事件が起きる。

「あとで正気に戻ったあのお姉さんに聞いたらあれ伊勢丹の夏ものバーゲンで壮絶な戦いを繰り広げて買ったスーツなんだって」
(Vol.0 T・Y・Oより)

「BABEL」とタイトルづけられた第一話は、他ならぬ東京タワーが、昴流の除霊の舞台になる。展望台が揺れる、という相談を受けて現地に行くと、上京して女優を目指したものの、不運が重なって自殺を選んだ女性の霊が、霊障を起こしていることがわかる。

「きらいよ!東京なんてだいきらい…綺麗で華やかで…汚い!」

「とても理不尽なことだけど『好き』という感情だけじゃどうしようもないことがこの『東京』にはたくさんあるんです どれほど強く想ってもどうすることもできない がんばった人ががんばっただけ報酬が貰える世界なんてこの世の何処にもありはしないんですよ」

「すばるくん だっけ あたし夢があったの いつかお金持ちになったらあと520円払って絶対に特別展望台に登ってやるって!」

(Vol.1 BABELより)

 

CLAMPという、最高のクリエイター集団だからこそ生み出せた物語ではあるけれど、これらのセリフやモノローグがリアリティをもって機能し、作中の都市とタワーにバベルの魔法をかけることに成功したのは、本作を連載中の東京には、本当に、人、金、権力が集まり、制御しきれないエネルギーを渦巻かせていたからに他ならないだろう。今回読み返して、東京と東京タワーって、こんなにも魅力的だったのか、と本当に驚いた。

過去、思春期に読んだ時にそれに気付けなかった大きな理由のひとつには、おそらく、これまでの私は(エックス→東京BABYLONの流れで読んだのもあり)昴流と星史郎の関係にひたすら夢中だった、というのがある。二人に夢中で、大量のアドレナリンを分泌していて、もう一人の主人公である東京を、(心の中に築きはしていたが)あまり真剣に受け止められていなかった気がする。反省するしかない……。

一方で、2021年に読む東京BABYLONがこんなにも切なくひびくのは、現実の東京と東京タワーが、どんどん凋落していることにもあるだろう。東京タワーがその役目を東京スカイツリーに譲り渡した2012年にも、欲望のイメージソースとしてのTOKYO&東京タワーの終わりを感じはしていたけれど、まさかこんなことになるとはね……と、7月になり、街中にいよいよ貼られている「TOKYO 2020」の、いろんな意味でダサすぎるラッピング広告を眺めている。

東京の、現在の人口は、13,515,271 人。東京BABYLONの時代より人口は増えているし、現在でも昼間と夜間の人口には240万人の差がある。しかし、あの時、人々の共通無意識が作り上げ、少女たちに魔術的な力を信じさせていた「東京」は、もうどこにもない。

「それでも僕はこの東京が大好きですがね」

「どうしてですか?」

「この地球でたったひとつ 滅びへの道を『楽しんで』歩んでいる都市だからですよ」

(Vol.0 T・Y・Oより)

 

東京BABYLONのこのセリフが効果的に働いていたのは、この頃は、バブルは弾けつつも、現実の東京が持つ「東京」のイメージが、それでも息絶えていなかったからだ。しかし、結局「東京」は、神の怒りを受けることもなく、崩れることもなく、決定的で劇的なカタストロフィがないままに、滅んでしまった。

 

繰り返される緊急事態宣言と、馬鹿馬鹿しいのに止められない祭典の前に、ぴったり20年前に発売された東京BABYLON1巻の巻頭言が、虚しく響く。


あなたは「東京」が、きらいですか?

 

 

(っていうか、オリンピックとは全然違う理由で延期になっている、東京BABYLON アニメ化プロジェクトの続報も楽しみにしてますけどね!!!!)