It all depends on the liver.

飲みすぎないように文章を書く

英国大学院で秋学期を生き延びたので、ざっくり振り返る

新年明けましておめでとうございます。

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2021年夏に会社を辞め、9月にロンドンにある大学の文学系修士課程(MA)に入学しました。最初のほうは授業が全く聞き取れずにショックを受け、「一学期で退学した場合に返還される学費」を調べるほどにパニクっていたので、大学院の様子を書くのを控えていました。今ちょうど秋学期のレポートを書き終えたらちょっと心が軽くなったので、振り返り記事を書くことにしました。

主に、

・学部卒の社会人で海外大学院留学に興味がある方(つまり私みたいな人)

ジェンダー論やフェミニズムの専攻に関心があるが、アカデミックな前提知識がない方(つまり私みたいな人)

のお役にたてば幸いです。

また、私が何やってるのか気になっていた方は、近況報告的に読んでいただければ。

 

留学を決めた理由

複合的ではあるのですが、過去エントリでいちおう言語化してあります。すごく簡単にいうと、「20代を通じて良くも悪くも固まってしまった『自分』をこねくり回したい」と思ったのが大きいです。

zerokkuma.hatenablog.com

進学したコース

ロンドン大学ゴールドスミス校(Goldsmiths, University of London)のGender, Media & Cultureというコースに在籍しています。所属学部はSociology Departmentなのですが、Media Communication Departmentとの共同開講のような立て付けで、「メディアとジェンダーの関わりについてアカデミックに学びたいなあ」(とてもぼんやりしている)という私の動機にぴったりだなと思い出願、合格しました。

とはいえ、勉強し始めてみると「あっちの国のあっちの大学も良かったかも…」という思いが湧いた面も。準備に一年はかけたのですが、なんとなくイギリスがいいとか、なんとなく合ってそう、といったイメージで大学院を絞った後は、英語のスコアを上げるのに躍起になって他のことをあまり考えていなかった。留学する国、そもそも留学すべきか、どの大学院にどういう先生がいるのか、など含めて、もっといろいろ綿密に検討すべきだった、と本当に反省しています(当たり前…)。完全に博打でした。2020年にユリイカの「女オタクの現在」鼎談でご一緒した田中東子先生に相談したり、留学ブログを書いている見ず知らずの人に体当たりDMをしてお話を聞かせてもらうなどして、幸いにも納得できる選択ができた感じです。あと出願書類については、NYで大学院留学された文筆家の岡田育さんにたくさんアドバイスをいただきました。人生が皆様の優しさでできている……。


大学院のカリキュラム

イギリスの大学は、基本的に一年で全ての課程を終えるカリキュラムになっています。コースによってTaught Master(講義課程)の場合とResearch Master(研究課程)の場合があり、私のコースはTaught Masterなので、秋学期・春学期はコースのみんなと先生の授業を受け、課題を提出し、夏学期はチューターと定例を持ちつつ論文を執筆します。ちなみに課題も出すし、試験もある大学院もあるらしいので、うちの大学院はかなり緩いのではという噂がある。

年間スケジュールはこんな感じ。

秋学期:10月頭〜12月半ば

冬休み:12月半ば〜1月半ば

春学期:1月半ば〜3月末

春休み:4月

夏学期:5月〜9月末(論文提出は8月末)

冬休みと春休みが1ヶ月あるように見せかけて、課題提出の締め切りが各休みの終わりのほうに設定されているため、全然休めないという仕掛けになっている…(涙)。そりゃ一年で論文書くんだから休んでる暇がなくて当然だった。


授業の形式とか内容とか

同じ大学の中でもコースによって単位の取り方は全く違うようなのですが、私のコースの場合、トータル180単位で、必修科目60単位が秋学期1科目(30単位)・春学期1科目(30単位)で固定で設定されており、このほかに60単位を選択科目で取得、さらに論文が通ると60単位もらえて卒業できるという構成です。年度の初めに選択科目を登録するのですが、60単位を越える形での履修登録ができず、びっくりした。大学の頃は「とりあえずたくさん履修しておいて取れそうなものを取る」ができていたと思うんですが、大学院って違うんだ!?イギリスだから!? 取った科目を一つも落とすことができない……。

秋学期の必修は、Introduction to Feminism and Cultural Studiesという、フェミニズム理論の主要テーマをざっくり学ぶ入門講義でした。授業は、Lecture(先生による講義)と、Seminar(生徒主体のディスカッション)の一セットでできており、毎週、まずは授業に向けて公開されているKey Reading(論文3〜4本)、余裕があればFurther Reading(めちゃくちゃあるので絶対全部読めない)を読み込み、Lectureで理解の精度を上げてSeminarで発言を頑張る、という流れになっています。「週に2科目って余裕でしょ」と思っていたが、Readingを真面目に読むと時間がどれだけあっても足りない……秋学期丸々使ってやっとペースが掴めました。内容は本当に面白くて、取り上げられる論文の熱さに、コースのメッセンジャーグループで「今週のKey Readingに心揺さぶられすぎて今めっちゃ泣いてる」みたいな投稿をするクラスメイトがいたりして、毎週新鮮でした(Feminist Theories of Disabilityがテーマの週でした)。

選択では、Race, Empire and Nationという、植民地主義を中心に、国家、人種、個人について学ぶ科目を取りました。正直に言えば私は当初、この科目を取るつもりが全くありませんでした。自身が資本主義にまみれた女かつ、志望理由書でもポストフェミニズムSNSフェミニズムに関心がありそれを研究分野にしたいことをアピールしていたので、興味関心に寄せて、前期ではPromotional Culture、後期ではContemporary Feminist Media Culturesという科目を取ろうとしていました。そうしたら、Promotional Cultureがかなりの人気科目だったらしく、なんと定員オーバーで弾かれることに。学期開始後に慌てて右往左往した結果、あぶれた学生をその時点で受け入れており、留学生にも優しいらしいという情報もあって、この科目を選択することに決めた次第です。そんなふうに超その場しのぎで取ってしまった科目だったのですが……めちゃくちゃ面白かった〜〜〜。「植民地主義と人種差別って、性差別ともフェミニズム ともこんなに関係あったんだ!!!」ということを毎週気づかされまくって、目から鱗でした。いやきっと知ってる人は知っていたと思うんですが……私はよくわかっていなかった……でもこの前提が頭に入っていないとわからないことがたくさんあった……。インターセクショナリティもそうだし……。日本で自分の身辺からジェンダーフェミニズムに興味を持った場合にこぼれ落ちてしまっていた物事が、この科目を通じて見えてきて、結果オーライでした。最終的に書く論文も、最初の予定とは全然違う方向に転がるかもしれません。


履修科目の評価

カリキュラムの項で書きましたが、うちのコースでは評価が学期末ごとの課題エッセイ提出のみで行われます。なんと出席点すらない! なので実はSeminarで発言できなくても実質的なデメリットはないという(笑)。

リーディングウィーク(学期半ばの休み)前後に、授業でやったテーマに沿ったエッセイクエスチョンが20個ほど公開され、その中から一つを選んで執筆する形になります。私は必修ではThe Possibility of Flaneur(女性遊歩者の可能性について)というエッセイクエスチョンを選び、東電OL殺人事件と絡めながら書くことにしました(flaneur、めっちゃ面白い概念で、レベッカ・ソルニット『ウォークス 歩くことの精神史』でも紙幅を割いて言及されています)。選択では黒人フェミニストbell hooksの'Eating the Other'(他者性の搾取についての論考)の主張を説明しつつ、オンラインデーティングにおける人種差別について論じることにしました。課題で必要なワード数は、大体5000ワード 。IELTSでは250ワード しか書いたことなかったし、入学までに書いたことがある最長の英文が志望理由書に必要な1000ワード 前後だったので、課題のワード数と冷静に向き合った後しばらくずっと吐きそうになったのですが、今学期はストライキで授業が減っていたのもあり、前倒しで準備してどうにか全課題を終えることができました。課題に取りかかってる期間に、ネイティブに「ぶっちゃけ一晩で何ワードかけるの?」と聞いたら「5000ワードかな」と言われたときは泣いちゃいそうになりましたが……。

 

秋学期を終えて思ったこと

ここからは個人的な反省と雑感です。

 

英語、別にうまくならない

イギリスに住んでるからって別に英語上手くならない!!!!(当たり前ポエム) 2年前に語学留学で1ヶ月滞在した時に十分思い知っていたはずなのに、大学院留学でがっつり長期滞在すればなんとなく上手くなるような気がしていた……。現実には、人と英語を喋る機会が週2コマ分のセミナーしかないため、語学学校よりもスピーキング力がつかないです。リーディング、ライティングは結局自学自習に近いし、自分で努力して英語を使う訓練をしないといけない……。そのため、英語が目的であれば、日本で頑張った方が明らかにコストも安いし成果も出ると思います。スーパーマーケットとかもう9割かは無人会計なので日常生活でもほとんど英語がいらない……。おまけにうちの大学院では秋学期に教務部スタッフのリストラをめぐるストライキが3週間行われて三週間の授業が飛んだので、なおさら話す機会がなくなった……。秋学期の間に最も英語が上達したと感じたのは、「10回以上失敗されつづけている在留カードの再配達について電話でクレームを入れる」作業でした(7回くらい電話して、あらゆる言い方で同じことをアピールし続けた)。

 

日本でコミュ障なら当然海外でもコミュ障

はい。私はインターネットでは社交的な感じですが、集団を作らされて一気に色々な人と仲良くなっていくような場面がとても苦手で、つまり「学校」が苦手で、今とても苦労しています。よく考えたら、二年前の語学学校(日本人+中国人の5人クラス)ですらぎこちないまま終わったのに、なぜ大学院に入ろうと思ったのだろう……? 自分から話しかけに行けばいい場面がたくさんあるのに、英語に負い目があるせいで尻込みしたりもごもごしているうちに秋学期が終わってしまいました。今日久しぶりに図書館行ったら「Risa〜」と後ろから声かけてくれたのがクラスメイトで、すごくすごく嬉しかったので、春学期デビューで頑張りたいです。

 

ジェンダーフェミニズムの文献、めちゃくちゃ日本語訳が出ている

これね。これに尽きます。こちらで英語の文献を読んでいて「意味わかんないよ〜〜」と思って調べると、普通に日本語訳が出ており、日本で大人しく読んでおけば良かったんや……と思う時の絶望たるや。文化・政治的な背景もあると思うのですが、中国人のフラットメイト(めちゃくちゃ日本語ができるPh.Dのオタク、修論ではダナ・ハラウェイや東浩紀などを引用しながらVtuberについて書いている)からも「日本語訳はたくさん出てるのも羨ましいし、外来語をカタカナで表現できるのが良いよね。中国語訳って、中国語にはない概念でも全部の言葉が漢字に無理やり変えられてるから、結局原典に当たらないと意味が理解できないことが多い気がする……」と言われて、なるほどと思いました。まあ論文単位で言うと未訳のものもたくさんあるので、「英語でしか読めないもの」にもちゃんと当たっているのですが、改めて、日本の研究者の方の仕事に敬意を感じる場面が多いです。今から大学院進学を考えるなら、素直に日本のコースを検討したと思います。『ジェンダー・トラブル』はこっちに来てやっと、日本語訳を読みました。

そうそう、授業で読んで、Audre Lordeいいな〜と思っていたら、ちょうど邦訳プロジェクトが立ち上がっていたので、支援しました。

motion-gallery.net

 

全てがフーコー読んでる前提

植民地主義ってこんなにジェンダーフェミニズムと関係あったの!?」も、こちらに来てからの思い知り案件でしたが、必修の序盤でフーコーの生権力と系譜学を学ぶことになり「近代って……ジェンダーセクシュアリティって……全て幻想ってコト!?」と、ショックを受けて、しばらくちいかわになっていました。もちろんすべてのジェンダー理論やフェミニズム理論がフーコーに依拠しているわけではないものの、もっと早く知ってれば、いろんなことが頭に入りやすかったなとは思う。とはいえ まだ原書は読んでおらず、詳しく解説したReadingと講義のスライドなどでわかった気になっているだけなので、原書に当たるのが春学期の課題だなあと思っています。

ちなみに私の理解に大きく役立ったのが、授業のKey Readingだった

Ladelle McWhorter (2004)'Sex, Race, and Biopower: A Foucauldian Genealogy'

でした。DeepLを使えば言語の問題はクリアできるはずなので、手に入る方は読んでみてください。

また、フーコーの理論をざっくり把握したい場合は、以下の新書が本当におすすめです。

 

「非英語ネイティブ/非白人」としての不自由さは相当ある

私が今いる環境は相当リベラルで、直接接する人たちは差別や不平等に敏感ですし、ロンドンという街自体もすでにかなり多様なバックグラウンドで構成されているので、面と向かって誹謗中傷を受けるとか、そういうことは全くありません。それでも、日本では自分の人種について考えることがほとんどなかったので、日常のちょっとした判断ーー例えば「アジア人に対して、より偏見を持っていなそうな人・サービスを選ぶ」「英語が下手なことによるリスク・不利益が、より少ない選択肢を選ぶ」という護身を毎日必ずちょっとずつ行わなければならず、「あ、これが人種化されてるってことなのか〜〜〜」と、新鮮に衝撃を受けていたりします。これって、日本では「女性に対して、より偏見を持っていなそうな人・サービスを選ぶ」「女性であることに対するリスク・不利益が、より少ない選択肢を選ぶ」という形でずっと行っていたことなんですけど、こっちはずっと行ってるからもはや内面化されていてストレスを意識することすらなくなってるんですよね。このことについては、残りの9ヶ月もずっと考えていくんだろうなと思います。いいか悪いかはさておき。

 

ロンドンの日照時間の少なさに影響されてか、何となく陰気なエントリになってしまいましたが、先生も優しく、文献を読めば読むほど新しい発見があり、雑事を忘れて勉強に集中できる環境なのはとても楽しいです。COVID-19の感染者数が一日20万人突破していたりして笑っちゃいますが……。どうか今学期の課題が無事とおりますように!

 

ちなみに来週、牧村朝子さんとのオンライントークイベントでも留学のことを話す予定です。ご興味ある方はどうぞ。

wezz-y.com